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逆引き 四字熟語 四文字熟語辞典 > 動物 鳥 竜の付く四字熟語



蛙鳴蝉噪 あめいせんそう


蛙鳴蝉噪 あめいせんそう    
やかましく騒々しいこと。
大げさで下手な文章や、
騒がしいだけのむだな議論をあざけるときに用いる。
「蛙鳴」は、蛙の鳴き声、
「蝉噪」は、セミがやかましく鳴くことの意。 




一牛鳴地 いちぎゅうめいち


一牛鳴地 いちぎゅうめいち  
一頭の牛の鳴き、その声が聞こえるほどの近い距離のこと。
きわめて近い距離をたとえるときに用いる。




一石二鳥 いっせきにちょう


一石二鳥 いっせきにちょう   
一つの行為で、同時に二つの利益を得る、
または目的を果たすこと。
一つの石を投げて二羽の鳥を同時に打ち落とすという意の
英語のことわざ「To kill two birds wits one stone」の和訳から。




鷸蚌之争 いつぼうのあらそい


鷸蚌之争 いつぼうのあらそい
両者が争ってるすきに、第三者に利益を横取りされることのたとえ。
鷸(しぎ)と蚌(どぶがい)が争っているうちに
どちらも漁夫に捕らえられたという故事から、
両者が争ううちに第三者にその利益を占められ、
自分たちは共倒れになることの戒め。
「鷸」は、水鳥の鷸(しぎ)で、「蚌」は蚌(どぶ貝)
どぶ貝の身を食べようとするしぎのくちばしを、
どぶ貝が殻ではさんで争っていると、
漁師がやってきて両方ともに捕らえてしまったという話から。




意馬心猿 いばしんえん


意馬心猿 いばしんえん     
煩悩(ぼんのう)のとりこになり情欲や欲望にかられ、
心の乱れを鎮(しず)めることが出来ない事。
煩悩や欲望は抑えがたいということ。
意(心の動き)は馬がやみくもに走りまわるように、
心は猿が騒ぎたてるように、
それを制するのはむずかしいという意から。
仏教の教えからくる。




烏合之衆 うごうのしゅう


烏合之衆 うごうのしゅう  
カラスの群れのように、統制も規律もなく、
ただ数だけ多く集まっただけの群衆。
「烏合」は、からすが群れ集まるように、秩序なく集まること。
統率のとれていない軍勢のたとえにもいう。




烏兎匆匆 うとそうそう


烏兎匆匆 うとそうそう  
月日の過ぎるのが早いさま。
古代中国の神話で太陽に三本足のカラス(金烏/きんう)が、
月にはウサギ(玉兎/ぎょくと)がすむという伝説から。
「金烏玉兎」を略して「烏兎」とは日と月の事、または歳月の意。
「匆匆」は、あわただしいさまの意。




雲蒸竜変 うんじょうりゅうへん


雲蒸竜変 うんじょうりゅうへん 
英雄や豪傑がチャンスを得て世に出る事の例え。
雲が群がりおこるのに乗じて、蛇が龍となって昇天すると言う意から。




雲中白鶴 うんちゅうはっかく


雲中白鶴 うんちゅうはっかく 
品性のすぐれた高尚な人物のことを、
青い空、雲間を飛翔する白い鶴にたとえたことば。
高く抜きん出た人格者のこと。




越鳥南枝 えっちょうなんし


越鳥南枝 えっちょうなんし
故郷の忘れ難いことのたとえ。
「胡馬(こば)は北風に依(よ)り、越鳥は南枝に巣くう
(北方の胡国で生まれた馬は、他国にあっても北風が吹くごとに
生まれ故郷を慕ってその方に身を寄せ、南方の越の国で生まれた
鳥は、北国へ行っても木の南側の枝を選んで巣をかける)」から。
事情あって別れた男女の間の切ない心情を歌った
詩の一節から出たことば。
故郷をなつかしむ気持ちが強いことをいう。




蜿蜿長蛇 えんえんちょうだ


蜿蜿長蛇 えんえんちょうだ  
うねうねと長く続いているようす。
「蜿蜿」は「蜿蜒」「蜒蜒」とも書き、ヘビなどがうねり行くさま、
「長蛇」は、長く大きなヘビの意(転じて)長い列の形容。
 



鴛鴦之契 えんおうのちぎり


鴛鴦之契 えんおうのちぎり  
仲むつまじい夫婦の例え。
おしどり夫婦。
いつまでも連れ添うという夫婦の約束のこと。
「鴛」は雄のおしどり、「鴦」は雌のおしどり。
いつも雄雌がともにいることから、夫婦仲の良さをいう。




燕雀鴻鵠 えんじゃくこうこく


燕雀鴻鵠 えんじゃくこうこく  
小人物には大人物の大きな志はわからないということ。
「燕雀」はツバメとスズメのことで小人物をさし、
「鴻鵠」はオトトリやクグイのことで大人物にたとえる。
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや
(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)」
という形で用いる。
小さな鳥には、大きな鳥の志すところは理解できない。
小人物は大人物の心の中を知り得ないという例え。




屋烏之愛 おくうのあい


屋烏之愛 おくうのあい
人を愛すると、その周囲のものまでよく見えること。
その人を深く愛していると、その人の家の屋根にとまっている
烏(からす)までもいとおしく思えること。
相手に対する愛情が、きわめて深いことのたとえ。
「愛、屋烏に及ぶ」ともいう。




蝸牛角上 かぎゅうかくじょう


蝸牛角上 かぎゅうかくじょう  
気にも留めないほどのきわめて小さな世界での争い。
つまらないことで争うことのたとえ。
「蝸牛角上の争い」という。
カタツムリの左の角の上にいる触氏(しょくし)と、
右の角の上にいる蛮氏(ばんし)とが争ったという寓話から。




苛政猛虎 かせいもうこ


苛政猛虎 かせいもうこ  
あまりにも厳しすぎる政治は、民衆にとって
虎に食われたりする被害や恐ろしさよりもひどく、むごいということ。
「苛政」は苛酷な政治、酷政。
「苛政は虎よりも猛し(かせいはとらよりもたけし)」とも読む。

孔子が泰山(たいざん)のふもとを通った時、
家族を虎に食い殺されて泣いている婦人に会った。
そこで孔子は、なぜここを逃げださないのかと尋ねたところ、
婦人がここには厳しい政治がないからだ、と答えた故事による。




花鳥風月 かちょうふうげつ


花鳥風月 かちょうふうげつ  
自然の美しい風景。
花や鳥や風や月などの自然の風物。
また、自然を鑑賞したり、
詩や絵画などをつくる風流な遊びもいう。




割鶏牛刀 かっけいぎゅうとう


割鶏牛刀 かっけいぎゅうとう
小さな事を処理するのに、大人物を用いたり、
大げさな方法をとったりする必要はないとのたとえ。
些細なことを処理するのに、大げさな方法を用いるたとえ。
また、それらを戒めたことば。
「鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いん」
(ニワトリを料理するのに、大きな牛刀を使う必要はない)
という故事による。




烏之雌雄 からすのしゆう


烏之雌雄 からすのしゆう
二つのものが似かよっていて判別が難しいことのたとえ。
カラスは全身が黒くて、
一目ではオスとメスとの区別がしにくいところから、
(転じて)
物事の是と非、善と悪がまぎらわしく
判断しにくい状況のたとえとして用いられる。




画竜点睛 がりょうてんせい


画竜点睛 がりょうてんせい 
最後の仕上げ。
物事を完成するための最も大切な部分。
または、その一事で一気に全体がひきたつような効果の事をいう。
「画竜」は「がりゅう」とも読み、絵にかいた竜のこと、
「点睛」は、ひとみを入れることの意。

中国梁(りょう)の時代、張僧縣(ちょうそうよう)という画僧が、
金陵(きんりょう/南京のこと)の安楽寺の壁に二匹の竜の絵を書き、
このうち一匹の竜に瞳を入れるとたちまち本物となり、
天に昇ったという故事から。
「竜を画(えが)いて睛(ひとみ)を点ず」とも読み
「画竜点睛を欠く」とは、最後の仕上げが不十分であることをいう。
  



迦陵頻伽 かりょうびんが


迦陵頻伽 かりょうびんが    
美しい声をたたえるときにに用いる。
極楽浄土に住むという想像上の鳥。
美しい声で鳴き、上半身は美女、
下半身は鳥の姿をしているといわれる。




臥竜鳳雛 がりょうほうすう


臥竜鳳雛 がりょうほうすう 
非常に優れた能力を持っているのに、
世の中には知られていない大人物と、
将来大人物になる事を嘱望されている少年の事。
「臥竜」は横になって眠っている竜、
「鳳雛」は鳳凰(ほうおう/中国神話の伝説の鳥)のひなの意。
「臥竜」は(がりゅう)とも読む。

中国の三国時代、人物鑑定で有名な司馬徽(しばき)が、
諸葛亮(しょかつりょう/孔明こうめい)を「臥竜」にたとえ、
龐統(ほうとう/士元しげん)を「鳳雛」にたとえたことから。
その才能を認められた二人はのちに、
蜀(しょく)の初代皇帝・劉備(りゅうび/玄徳げんとく)に召し抱えられ、有能な軍師となった。




汗牛充棟 かんぎゅうじゅうとう


汗牛充棟 かんぎゅうじゅうとう 
蔵書が非常に多いことのたとえ。
書物を車に載せて引かせると牛が汗をかき、
家で積み上げると棟木に届くほどであるという意から。
(転じて)
多くの書籍。




関雎之化 かんしょのか


関雎之化 かんしょのか
夫婦の仲がむつまじいこと。
家庭が平和なこと。
水鳥がつがいで鳴き交わす声から
(転じて)
夫婦が仲よく、礼儀正しく円満な家庭生活のたとえ。
「関雎」は、「関関たる雎鳩(しょきゅう)」
(のどかに鳴いているみさご)のこと。
「詩経」の周南の冒頭にある篇名で、周の文王と、
その皇后 太姒(たいじ)との幸福な夫婦の徳を詠じたもの。
「化」は、この徳に感化されて、どの家庭も円満になること。




汗馬之労 かんばのろう


汗馬之労 かんばのろう     
戦場で、馬に汗をかかせてかけめぐったほどの活躍や功労のこと。
戦場でのてがら。
(転じて)
物事をまとめるために、走り回る苦労をたとえていう。
漢の高祖(こうそ/劉邦りゅうほう)が天下を統一したとき、
蕭何(しょうか)を厚く遇(もてな)したが、ほかの将軍たちは
「われわれは戦場を駆け回ったが、蕭何は汗馬の労がない」と
反対した故事による。
運搬などや物事を解決するために駆けずり回る事についても用いる。




亀鶴之寿 きかくのじゅ


亀鶴之寿 きかくのじゅ
長生きのこと。
鶴は千年亀は万年といわれるように、
どちらも長生きするところから、長寿、長命のことをいう。
人の長寿を祝う場合にも使う。




騎虎之勢 きこのいきおい


騎虎之勢 きこのいきおい   
ものごとに勢いついて、途中でやめられなくなったことのたとえ。
虎に乗って走ると大変な勢いであるのに加えて、
途中で降りたりすれば、かえって虎に襲われる危険があるので、
そのまま突っ走るほかないことからでたことば。
後に引けないことについていう。




帰馬放牛 きばほうぎゅう


帰馬放牛 きばほうぎゅう
戦争が終わって平和になるたとえ。
また、再び戦争をしないことのたとえ。
周の武王(ぶおう)が殷(いん)の紂王(ちゅうおう)を破ったのち、
軍用の馬を華山の南に帰し、牛を桃林の野に放して、
二度と戦争には用いないことを示したという故事から。
「馬を帰し牛を放つ」と訓読する。




亀毛兎角 きもうとかく


亀毛兎角 きもうとかく
亀の甲に毛が生えるわけはなく、
うさぎに角があるわけはないということから。
この世に実在するはずのないこと、あり得ないもののたとえ。
また、きわめて珍しいことにもいう。




牛飲馬食 ぎゅういんばしょく


牛飲馬食 ぎゅういんばしょく  
やたらにたくさん食べたり飲んだりすること。
牛や馬が多くの水を飲み草を食べる事から、
人が酒や食べ物を多く飲食することをいう。
多く飲むことをクジラにたとえて「鯨飲」ともいう。




九牛一毛 きゅうぎゅういちもう


九牛一毛 きゅうぎゅういちもう 
多数の中のごく少数。物の数にも当たらないの意。
また、取るに足らないこと、些細なことのたとえ。
「九」は多数の意で、「九牛」は、たくさんの牛、
「一毛」は、一本の毛の意。
たくさんの牛の中で、その一頭の牛の一本の毛が抜けても、
まったく目立たないということ。




窮鼠噛貍 きゅうそごうり


窮鼠噛貍 きゅうそごうり   
追いつめられて逃げ場を失ったネズミは、抵抗して
必死にタヌキ(もしくはネコ)にかみつくことから
(転じて)
弱い者も絶体絶命の窮地に追い込まれると、
強者に対して意外な力で反撃し苦しめられることをいう。
「貍」はタヌキ(または野良猫)のこと。
窮鼠噛猫(きゅうそごうびょう)と同じ意味。




窮鳥入懐 きゅうちょうにゅうかい


窮鳥入懐 きゅうちょうにゅうかい
「窮鳥 懐(ふところ)に入れば猟師も殺さず」の略で、
追い詰められた鳥が猟師のふところに逃げ込んできたら、
殺そうとしていた猟師も残酷には扱えず、助けてやるということ。
(転じて)
追い詰められて、逃げ場を失った人が救いを求めてくれば、
どのような理由であろうとも、見殺しにはできないということ。
困った人を助けるのが人の道であるというたとえ。




矯角殺牛 きょうかくさつぎゅう


矯角殺牛 きょうかくさつぎゅう
牛の曲がった角をまっすぐに直そうとして、
かえって牛を苦しめて殺してしまうこと。
つまらない末端の事柄にとらわれて、
肝心な根本を損なうことのたとえ。
欠点を直そうとして、その度が過ぎてしまい、
かえって全体をだめにすることをいう。
「矯」は、矯正、直すこと。
「角を矯めて牛を殺す
(つのをためてうしをころす)」ともいう。




欣喜雀躍 きんきじゃくやく


欣喜雀躍 きんきじゃくやく   
大喜びすること。
すずめがぴょんぴょん跳ねるようにこおどりして喜ぶさま。
「欣」も「喜」も、ともに喜ぶこと、
「雀躍」は、すずめがおどり歩くように、
ぴょんぴょん飛び上がるさまの意。
略して「欣躍/きんやく」ともいう。




君子豹変 くんしひょうへん


君子豹変 くんしひょうへん  
君子は自分の過ちがわかるとただちに改め、
すばやく善に向かうということ。
(転じて)
いままでの思想や態度が急に変わること。
また、変わり身の早さを言う。
もとはよい意味で使ったが、
現在では態度や主張を急に変える、悪い意味で用いられる。
豹は季節によってその斑紋が鮮やかで美しくなることから、
「豹変」は、すばやく鮮やかに変わるの意。




鯨飲馬食 げいいんばしょく


鯨飲馬食 げいいんばしょく   
一度にたくさん飲んだり食べたりすること。
飲食の量がはなはだ多くその勢いがすさまじいことをいう。
「鯨飲」は、酒や水を一度にたくさん飲む事、
「馬食」は、たくさん食べることの意。




鶏群一鶴 けいぐんいっかく


鶏群一鶴 けいぐんいっかく   
多くの凡人の中に一人だけ優れた人物がおり、
目立っている事のたとえ。
「鶏群」は、にわとりの群れ、または凡人の集まりの意。
たくさんのにわとりのなかに一羽の鶴と言う意から。




荊妻豚児 けいさいとんじ


荊妻豚児 けいさいとんじ  
自分の妻子をへりくだって言う語。
愚妻と愚息のこと。
「荊」は、いばらのこと。
「荊妻」は、いばらのかんざしをした妻で、
妻のことをへりくだっていったことば。
「豚児」は、自分の子供をへりくだっていったことば。




鶏鳴狗盗 けいめいくとう


鶏鳴狗盗 けいめいくとう    
ニワトリの鳴きまねをして人をだましたり、
犬のようにして物を盗んだりすることしかできない、卑しい者のたとえ。
また、どんなくだらない技術でも、役に立つ事があるというたとえ。
中国の斉(せい)の孟嘗君(もうしょうくん)が犬のまねをするこそどろとニワトリの鳴きまねのうまい食客(しょっかく/いそうろうのこと)の働きで危ういところをのがれることができたという故事から。




犬猿之仲 けんえんのなか


犬猿之仲 けんえんのなか
何かにつけて、いがみ合うような仲の悪さのことをいう。
日本では昔から犬と猿は相性が悪いとされていることから、
非常に仲が悪いことのたとえ。




犬馬之労 けんばのろう


犬馬之労 けんばのろう
主人や他人のために力を尽くして働くこと。
また、そのことを犬や馬程度の働きだという意で、
自分の力を謙遜(けんそん)していうことば。
犬と馬は、人に忠実に仕える家畜の代表であることから、
主君のために働く自分自身を「犬馬」に見立てて、
へりくだっていったことば。




鴻鵠之志 こうこくのこころざし


鴻鵠之志 こうこくのこころざし
遠大な志。
大人物の志のこと。
「鴻鵠」は、おおとりとくぐい。大きな鳥。
英雄や大人物の偉大な心に例える。
秦帝国を討つため最初に兵を挙げ、一時楚王(そおう)となった
陳渉(ちんしょう)が、若い時に言ったことば
「燕雀(えんじゃく)安(いずく)んぞ鴻鵠の志を知らんや」から。
小さな鳥には、大きな鳥の志すところは理解できない。
小人物は大人物の心の中を知り得ないという例え。




狐仮虎威 こかこい


狐仮虎威 こかこい      
人の上に立てるほどの権力や徳の無い者が
他人の権勢をかさにきて威張ること。
または威張りちらす小人のたとえ。
キツネがトラの威光をかりて百獣をおどしたという故事による。
「虎の威を借りる狐」ともいう。




狐疑逡巡 こぎしゅんじゅん


狐疑逡巡 こぎしゅんじゅん  
疑い深いキツネのように、
事にのぞんで疑いぐずぐずとためらって実行しないこと。
「狐疑」は決心がつかない様子、
「逡巡」は、ためらうの意。




呉牛喘月 ごぎゅうぜんげつ


呉牛喘月 ごぎゅうぜんげつ   
呉牛が暑さをいやがるあまり、月を見てもそれを太陽と見間違えて
あえぐことから、取り越し苦労をすることのたとえ。
「呉牛」は中国の呉の国に多くいたことから、スイギュウの別名。
「呉牛月に喘(あえ)ぐ」とも読む。




虎穴虎子 こけつこじ


虎穴虎子 こけつこじ      
物事を進めていくうえで危険をおかさなければ、
大きな成功や望みのものは得られないことのたとえ。
「虎穴」は虎が住んでいるほら穴のことで、
(転じて)危険な場所の意。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」ともいう。
  



虎視眈眈 こしたんたん


虎視眈眈 こしたんたん      
虎が鋭い目で獲物をねらってじっと見下ろすさま。
(転じて)
強い者が機会をねらって形勢をうかがっているさま。
隙があればつけいろうと、油断なく相手の様子をうかがうたとえ。
「虎視」は、虎が獲物をねらい見ること。
「眈眈」は、にらみ見下ろすさま。




牛頭馬頭 ごずめず


牛頭馬頭 ごずめず       
地獄の鬼、獄卒(ごくそつ)のこと。
牛の頭をした鬼と、馬の頭をした鬼の事。
(転じて)
鬼のように人を苦しめる人のたとえ。




胡馬北風 こばほくふう


胡馬北風 こばほくふう       
故郷は忘れがたいものであるというたとえ。
望郷の念をいう。
「胡馬北風に依る」の略。
北方産の馬(胡馬)は他郷に行くと、
北風が吹くたびに故郷を思っていななき、
また北風に身を寄せるようにするという意。




塞翁之馬 さいおうのうま


塞翁之馬 さいおうのうま
人生の禍福は変転し予測できないものである。
またそれをいたずらに一喜一憂すべきことでないことをいう。

国境の砦に住む老翁が、飼っていた馬に逃げられたが、
やがてその馬が駿馬(足の速い馬)をつれて帰ってきた。
駿馬に乗った翁の子は落馬して足を折ってしまったが、
そのために、胡人の侵略による戦乱にも兵役をまぬがれて
無事であった、という故事から。
幸不幸は定め難く、
不幸を嘆いてばかりいてはいけないという意もある。
「人間万事塞翁が馬」ともいう。




三人成虎 さんにんせいこ


三人成虎 さんにんせいこ 
根も葉もないうわさも、
多くの人が言えば信用されてしまうという例え。
“町に虎がいる”と、
一人や二人が言ったくらいでは信じられなくても、
三人までが虎がいることを主張すれば、
聞く者は事実と信じてしまうことから。
「三人虎を成す(さんにんとらをなす)」と訓読する。




獅子奮迅 ししふんじん


獅子奮迅 ししふんじん 
激しい勢いで物事に取り組み全力を尽くす事。
人の勢いの盛んな例え。
百獣の王ライオンが猛り狂う意から。
「奮迅」は勢い激しく奮い立つの意。




舐犢之愛 しとくのあい


舐犢之愛 しとくのあい    
親が子供をやたら可愛がる事の例え。
「舐」は、なめる、「犢」は子牛の意。
親牛が子牛を舌でなめて愛する事から。




死馬之骨 しばのほね


死馬之骨 しばのほね
かつてはずばぬけていたが、
今は価値のなくなってしまったもののたとえ。
また、無用の物を利用して有用なものとすること。
凡人をまず優遇しておけば、やがて賢者が自然と集まって来るたとえ。
「死馬の骨を五百金に買う」の略。

昔、中国のある王が、千金を持たせて千里を走る名馬を
求めさせたところ、その馬はすでに死んでしまっていた。
だがその馬の骨を五百金で買い取ってみせると、そのうわさが
広まって、たちまち名馬が三頭も持ち込まれてきたという故事。
これは、優秀な人材を集めたいと願っていた
燕(えん)の昭王(しょうおう)に、その臣下の郭隗(かくかい)が、
具体策を示した時のたとえ話。
そして郭隗は「死馬の骨のような役立たずの私を、
不相応に優遇するところからはじめて下さい」と説得したという。
つまらぬものでもそれによって良い結果を得ることから、
人材を熱心に集めることの例えにも用いる。




秋高馬肥 しゅうこうばひ


秋高馬肥 しゅうこうばひ
さわやかな気持ちのよい秋の季節をいう。
「秋高くして馬肥ゆ」とも読む。
一年のうち、秋の空は高く澄みわたり、気候もよいので、
馬の食欲が盛んになってよく肥え、たくましくなるの意。

日本では、行楽の好季節という意味によく使うが、
中国では北方の騎馬民族の匈奴(きょうど)が、
たくましくなった馬に乗り、
意気があがって国境から大挙して略奪にやってくる季節なので、
警戒するようにとの意味であった。




首鼠両端 しゅそりょうたん


首鼠両端 しゅそりょうたん   
ぐずぐずと迷いためらって、態度を決めかねていること。
また、どちらにしようかと迷っていること。
日和見的であること。
「首鼠」はネズミが穴から顔を出してあたりをうかがっているようす、
「両端」は両方の端の意。
出たり引っ込んだりして、はっきり決心しないこと。
形勢をうかがうこと。




城狐社鼠 じょうこしゃそ


城狐社鼠 じょうこしゃそ
自分の身の安全は確保しておいて、悪事をはたらく者。
城の中に住む狐や神社に巣くうネズミのことで、
これらをすべて除こうとすれば、
城や社まで壊さなければならないので、容易には手が出せない。
それをよいことに、勝手にふるまっているという意から、
君主や権力者のかげに隠れて悪事を働くよこしまな家来をいう。
また、それが除きにくいことのたとえ。
奸臣(かんしん/邪悪な心を持った家来)のこと。




蜀犬吠日 しょっけんひにほゆ


蜀犬吠日(蜀犬日に吠ゆ) しょっけんひにほゆ
無知のため、あたりまえのことでも疑いを抱くこと。
見識の狭い者が、賢人の言行を疑って非難することのたとえ。

蜀(四川省)は四方を高い山に囲まれており、
いつも雲や霧に深くとざされているので、
たまに日が出ると犬が怪しんでほえるように、
見識の狭く乏しい人間が、卓越した言行をなす人間に対して
無知なために疑い怪しみ、非難攻撃すること。




千軍万馬 せんぐんばんば


千軍万馬 せんぐんばんば    
多くの兵士や軍馬。非常に大きな軍隊。
歴戦の兵士のこと。
また、数多くの戦いを経験していることから、
(転じて)
社会経験が豊富で、多くの苦労を重ねたしたたかな人のこと。
「千」も「万」も数の多いことを示す。




全豹一斑 ぜんぴょういっぱん


全豹一斑 ぜんぴょういっぱん  
ものごとの一部分だけを見て、
全体を推しはかり批評したりすること。
見識がきわめて狭いことのたとえ。
「全豹」は全体のようす。物事の全容、全貌のこと。
「一斑」は豹の皮の一つのまだらの意から、
(転じて)全体のうちの一部分。
狭い管から豹をのぞき、
見えた一つの斑点から豹全体を類推するという意から。
「一斑を見て全豹を卜(ぼく)す」とも言う。




喪家之狗 そうかのいぬ


喪家之狗 そうかのいぬ  
元気がなくしょんぼりして見る影も無く、
おちぶれてやせ衰えている人のたとえ。
また、帰るべき家を失った宿無し犬をいう。
喪中の家では悲しみのあまり犬の世話をする人もなく、
えさをもらえない犬がやせ衰えてしまうという意から。




象牙之塔 ぞうげのとう


象牙之塔 ぞうげのとう
俗世間を離れて高尚な芸術を楽しむ芸術至上主義の姿勢。
十九世紀フランスの批評家サント・ブーブが、
芸術至上主義者だった詩人ビニーの態度を批評して言ったことば。
学者などが研究熱心なあまり、
現実社会と疎遠になったときに使われることば。
また、そのような状況に居る人物を揶揄する表現。
さらには、大学の研究室などにもいう。




対牛弾琴 たいぎゅうだんきん


対牛弾琴 たいぎゅうだんきん  
何の効果もなく、むだなことをすること。
中国の戦国時代、公明偽(こうめいぎ)が
牛に琴の名曲を聞かせたところ、何の反応も示さなかった。
しかしその牛は子牛の鳴く声には反応があったという故事から。




多岐亡羊 たきぼうよう


多岐亡羊 たきぼうよう   
学問の道は多方面にわたっており、
真理を得るのはむつかしいということ。
または、方法がいろいろあって、どれをとっていいか迷う事。
逃げた一匹の羊を大勢で追いかけたが、
道に分岐点が多くてとうとう見失ってしまったという故事から。




脱兎之勢 だっとのいきおい


脱兎之勢 だっとのいきおい
非常にすばやいこと。
罠から逃げ出す兎(うさぎ)のように、
非常に素早いことのたとえ。
また、その勢いのこと。




竹馬之友 ちくばのとも


竹馬之友 ちくばのとも    
幼い頃から一緒に遊んだ仲のよい友達。
おさな友だち。
「竹馬」は中国では竹の棒の先に飾りをつけたもので、
それにまたがって遊ぶおもちゃ。
日本の竹馬とは違うもの。




長蛇之列 ちょうだのれつ


長蛇之列 ちょうだのれつ
人々が並んで長く連なった様子が蛇に似ていることから、
蛇のように長々と続く行列をいう。
また、長く連なったものの例え。




猪突猛進 ちょとつもうしん


猪突猛進 ちょとつもうしん  
周囲をかえりみず、非常な勢いで突き進む事。
また、向こう見ずで熟慮に欠けた行動のたとえ。
「猪突」はイノシシのように突っ走る事、
「猛進」は猛猛しく進むの意。




沈魚落雁 ちんぎょらくがん


沈魚落雁 ちんぎょらくがん   
女性として、とても美しいこと。
美人を形容する最大級の言葉。
「沈魚」は、魚が沈むこと、
「落雁」は、雁が地面に落ちるの意。
女性のあまりの美しさに、
魚は恥ずかしくて沈み、
雁は見とれて落ちるがもとの意。




天馬行空 てんばこうくう


天馬行空 てんばこうくう
天馬が大空を自由自在にかけめぐる様子から。
(転じて)
束縛されることなく伸び伸びと自由なさま。
着想や言動、手腕などが自由奔放で、
何物にも規制されることなく、破綻(はたん)がないさま。
文勢、筆勢などの秀でている形容。
また、思想、行動などの束縛なく自由なさまで、人柄にも用いる。
「天馬」は、天上に住むという馬のこと。
「てんまぎょうくう」「てんばくうをゆく」ともよむ。




陶犬瓦鶏 とうけんがけい


陶犬瓦鶏 とうけんがけい     
外見は立派だが、実際は何の役にも立たないもの。
「陶犬」は焼き物の犬、
「瓦鶏」は素焼きのニワトリの意。
焼き物の犬は吠えないから番犬にならず、
素焼きのニワトリは夜明けを告げないという意から。

読書亡羊 どくしょぼうよう


読書亡羊 どくしょぼうよう
放牧中の羊の番をしていた二人の男が、
一人は読書に一人は双六(すごろく)に夢中になって、
羊が逃げ出したことに気がつかなかったことから、
(転じて)
他の事に気を取られて肝心の仕事をおろそかにすることのたとえ。
また、理由はどうであれ過失を犯したことについては同じであること。
「書を読みて羊を亡(うしな)う」と訓読する。




屠所之羊 としょのひつじ


屠所之羊 としょのひつじ   
屠所に引かれていく羊のように、力のない歩みのこと。
刻刻と、また、一歩一歩死期が近づくことをいう。
災難や不幸に直面して、気力を失った人をたとえてもいう。
「屠所」は屠殺場の意。
はかない人生や無常の意にもいう。
  


図南之翼 となんのつばさ


図南之翼 となんのつばさ
大事業を成し遂げようとすることのたとえ。
鵬(おおとり)が翼をはばたいて九万里も空高く舞い上がり、
南の海に飛ぼうとした話による。
また、遠征を試みようとする場合にも用いる。
「図」は、はかること、くわだてること。
「図南の鵬翼(ほうよく)」ともいう。




南船北馬 なんせんほくば


南船北馬 なんせんほくば  
あちこちと絶えず旅をしてまわる事。
忙しく動き回る事。
中国の南部は川や運河が多いので船に乗り、
北部は山や草原なので馬に乗って旅したことから。




杯中蛇影 はいちゅうだえい


杯中蛇影 はいちゅうだえい
疑ってかかれば何でもないことでも疑わしく見えてしまい、
神経を悩ます元になるというたとえ。

河南(かなん)の長官 楽広(らくこう)の親しい友人が
楽公の部屋で酒を飲んでいたとき、
杯の中に影があるのを見て蛇と思い込み、
その酒を飲んだことが気になり病気になった。
後にその蛇の影は、なげしに懸けてあった弓の見間違えであると
楽公に説明されると、病気はたちまち治ったという故事から。




比翼之鳥 ひよくのとり


比翼之鳥 ひよくのとり
夫婦の仲の良いことのたとえ。
雌雄それぞれが目と翼を片方ずつもち、
二羽がいつも一体となって飛ぶという、中国の伝説上の鳥のこと。
(転じて)
夫婦または男女の仲がきわめてむつまじく、愛情が深い事のたとえ。
中国唐代の詩人白居易(はくきょい/白楽天)の「長恨歌」の一節で、
玄宗皇帝が最愛の楊貴妃に語ったと詠われていることば、
「天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝とならん」から。
「比翼連理」「連理之枝」ともいう。




風声鶴唳 ふうせいかくれい


風声鶴唳 ふうせいかくれい  
ごくふつうの小さな物音や、ささいなことにも
驚いたり恐れたりすることのたとえ。
「風声」は風の音「鶴唳」は鶴の鳴き声。
敗軍の兵が、風の音と鶴の鳴き声にも
適の追撃かと思って驚き恐れたという故事から。
おじけづいた者が、ちょっとしたことにも
びくびくとおびえ恐れること。




暴虎馮河 ぼうこひょうが


暴虎馮河 ぼうこひょうが     
向こうみずに無謀な行動をとることのたとえ。
また、命知らずで血気盛んなこと。
「暴虎」はトラを素手で殴ること、
「馮河」は黄河を歩いて渡るの意。
どちらも身の程知らずで無謀な行為のたとえ。




鳳鳥不至 ほうちょうふし


鳳鳥不至 ほうちょうふし
鳳凰が現れないこと。
(転じて)
聖人が天子の位についていないことで、
救いのない乱世を絶望すること。
聖天子が現れる予兆ともいわれている鳳凰(ほうおう)が
出現しないといって、乱世を悲しんだ孔子のことば。
「鳳鳥至らず(ほうちょういたらず)」と訓読する。




鵬程万里 ほうていばんり


鵬程万里 ほうていばんり
遠い道のりのこと。
「鵬程」は、ひとたび飛び上がれば九万里を行くという
鵬(おおとり)の飛び渡る道のりの意。
海路または空路の旅程が極めて長距離であること。
また、将来が希望に満ち溢(あふ)れて前途洋々のたとえ。




亡羊之嘆 ぼうようのたん


亡羊之嘆 ぼうようのたん   
学問の道は多方面にわたっており、
真理を求めるのが容易ではないことのたとえ。
または、思い悩んで途方にくれたり、考えあぐねる事。
逃げた羊を追いかけたが、
道に分岐点が多くてとうとう羊を見失って嘆いたという故事から。




面張牛皮 めんちょうぎゅうひ


面張牛皮 めんちょうぎゅうひ
性格が非常に厚かましいこと。
恥を恥とも思わないこと。図々しいこと。
面(つら)に牛皮を張る意から。
牛の皮を張ったように、面の皮が厚く、
尊大であつかましいこと。




盲亀浮木 もうきふぼく


盲亀浮木 もうきふぼく 
出会う事が大変に難しいこと。
大海に住み百年に一度だけ海面にでる盲目のカメが、
海上に浮かんだ流木のたった一つの穴に入ろうとしても、
なかなか出来ないという仏教の寓話から。
出会う事が滅多にないことのたとえ。
また、めったにない幸運に巡り合う場合の意にも使う。




門前雀羅 もんぜんじゃくら


門前雀羅 もんぜんじゃくら 
人の訪れがあまりなく、静まりかえってさびれていること。
「門前雀羅を張る」の略。
「雀羅」は、スズメを捕る網のこと。
訪問客もなく閑散としているため、
門の前にはスズメが集まり、
網を張って捕まえることができるほどであるがもとの意。




羊頭狗肉 ようとうくにく


羊頭狗肉 ようとうくにく    
見かけだけ立派で内容がそれに伴わず劣っていること。
外見を飾って中身のなさをごまかすこと。
看板にいつわりあり。
見かけ倒し。
また、外見と中身が一致していないことのたとえ。
「羊頭を縣げて狗肉を売る」の略。
羊の頭を看板に掲げておきながら、実際は犬の肉を
売っていることから。
「狗」は犬の意。




羊腸小径 ようちょうしょうけい


羊腸小径 ようちょうしょうけい
くねくねと曲がった長い小道のこと。
羊の腸のように山道などが曲がりくねっていること。
「羊腸」は、羊のはらわた。
「小径」は、小道。




落花啼鳥 らっかていちょう


落花啼鳥 らっかていちょう
自然の風情のこと。
春の自然を表すことばで、風流な味わいのこと。
「落花」は、花が散ること。
「啼鳥」は、鳥の鳴き声。
あちらこちらで鳥のさえずる声が聞こえ、
花はどれほど散ったことだろうという、
晩春の寂しげな自然の風景のこと。




乱暴狼藉 らんぼうろうぜき


乱暴狼藉 らんぼうろうぜき
荒々しい振る舞いや、粗野な言動をすること。
思いつくままに暴れたり、無法な振る舞いをすること。
「乱暴」は、暴力をふるって暴れまくること。
「狼藉」は、とり散らかって乱れていること。
狼が草をしいて寝たあとの乱雑さからいう。




竜驤虎視 りゅうじょうこし


竜驤虎視 りゅうじょうこし
天下に権威をふるうさま。
竜のように昇り、虎のようににらむこと。
天下を睥睨(へいげい/睨みを利かす)するさまをいう。
英雄・豪傑が雄飛するさま。
「驤」は、おどりあがって天に昇る、勢いの盛んなこと。
「竜驤」は、昇り竜の昇天の意。
「虎視」は、虎が獲物を恐ろしい目でにらみすえるの意。
竜が首をあげて天に昇り、
虎が鋭い目を張り四方を見渡すという意で、
竜や虎のように意気盛んで権力を持ち
世の中を威圧する力を備えているさま。
「りょうじょうこし」とも読む。




竜攘虎搏 りゅうじょうこはく


竜攘虎搏 りゅうじょうこはく
互角の力を持った強い者同士が激しく争うさまをいう。
竜と虎を英雄・豪傑にみたてて、両者が激しく戦うさまのたとえ。
「攘」は、はらう。
「搏」は、打つ意。




竜頭蛇尾 りゅうとうだび


竜頭蛇尾 りゅうとうだび     
始めは勢いがよいのに、
最後の方はふるわずに尻つぼみに終わること。
「竜頭」は竜の頭、「蛇尾」はヘビの尻尾の意。
頭は竜のように立派だが、尾は蛇のように貧弱であることから。
竜頭は「りょうとう」とも読む。




遼東之豕 りょうとうのいのこ


遼東之豕 りょうとうのいのこ   
世間知らずで見識が狭いこと。
他人が見れば何でもないごくありふれたことを、
ひとりよがりで得意に思うこと。
当たり前のことを得意になって自慢すること。
「豕」はブタの意。
昔、中国の遼東の人が、
珍しい白頭のブタを天子に献上しようとして
河東まで来たが、河東ではすべて白頭だったので、
恥じて引き返したという故事から。




両虎共闘 りょうこともにたたかう


両虎共闘 りょうこともにたたかう
強豪同士が対決すること。
二頭の虎が戦うことから、
二人の勇者、または二つの強国が戦うことのたとえ。
虎のように強い者同士が戦うこと。
なお、両虎が争う時は必ず一虎あるいは、
両虎とも倒れる(共倒れになる)という意を含んだことば。
「両虎あい闘う」「竜虎相搏(う)つ」ともいう。




鹿鳴之宴 ろくめいのえん


鹿鳴之宴 ろくめいのえん ろくめいのうたげ
中国で唐代、州県の官吏登用試験に合格して
都に上る人を送るための宴。
また、群臣や賓客をもてなす酒宴。




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