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逆引き 四字熟語 四文字熟語辞典 > 魚 虫 生き物の付く四字熟語



蛙鳴蝉噪 あめいせんそう


蛙鳴蝉噪 あめいせんそう    
やかましく騒々しいこと。
大げさで下手な文章や、
騒がしいだけのむだな議論をあざけるときに用いる。
「蛙鳴」は、蛙の鳴き声、
「蝉噪」は、セミがやかましく鳴くことの意。
 



一寸之虫 いっすんのむし


一寸之虫 いっすんのむし
小さくとも、考えがしっかりしていること。
「一寸」は、約3センチメートルで、わずかな大きさのたとえ。
「一寸の虫にも五分(ごぶ)の魂」の略で、
体長わずか一寸の虫でさえ、
その半分にあたる五分の魂があるという意から、
小さな者や弱い者・貧しい者でも、それ相当の意地や
根性はもっているから、決してあなどってはならないということ。
弱者をあなどることへの戒めや、
自分の意地を示すときなどに使う。




鷸蚌之争 いつぼうのあらそい


鷸蚌之争 いつぼうのあらそい
両者が争ってるすきに、第三者に利益を横取りされることのたとえ。
鷸(しぎ)と蚌(どぶがい)が争っているうちに
どちらも漁夫に捕らえられたという故事から、
両者が争ううちに第三者にその利益を占められ、
自分たちは共倒れになることの戒め。
「鷸」は、水鳥の鷸(しぎ)で、「蚌」は蚌(どぶ貝)
どぶ貝の身を食べようとするしぎのくちばしを、
どぶ貝が殻ではさんで争っていると、
漁師がやってきて両方ともに捕らえてしまったという話から。




縁木求魚 えんぼくきゅうぎょ


縁木求魚 えんぼくきゅうぎょ
誤った方法では求めるものを得ることができず、目的も達成できない。
目的にあった方法を取らないと、成果は得られないという意。
不可能なことのたとえ。
また、見当違いの無理な望みを持つこと。
「縁木」は、木によじ登ること。
「求魚」は、魚を捕まえようとすること。
孟子が王に「いまのようなやり方で、いまのような大望をおもちになるのは、まるで木に登って魚をとろうとするようなものです。」
と言ったことばから。
「木に縁(よ)りて魚(うお)を求(もと)む」と訓読する。




蝸角之争 かかくのあらそい


蝸角之争 かかくのあらそい
気にも留めないほどのきわめて小さな世界での争い。
つまらないことで争うことのたとえ。
また、力のない者同士が争うこと。
蝸牛(かぎゅう/カタツムリ)の左の角の上にいる触氏(しょくし)と、
右の角の上にいる蛮氏(ばんし)とが争ったという寓話から。
「蝸牛角上(かぎゅうかくじょう)の争い」ともいう。



魚遊釜中 ぎょゆうふちゅう


魚遊釜中(魚游釜中) ぎょゆうふちゅう
死が近づいていることのたとえ。
もうすぐ煮られることもしらず釜の中で泳ぐ魚の意で、
滅亡の近いことも知らずに、暢気(のんき)に遊んでいることのたとえ。
また、危険が目前に迫っていることのたとえにもいう。
「遊」は、およぐ、あそぶの意。
「魚(うお)釜中(ふちゅう)に遊ぶが如し」ともいう。




身中之虫 しんちゅうのむし


身中之虫 しんちゅうのむし
内から生じる災いの例え。
味方の中にあって裏切る者、恩をあだで返す者などのこと。
「獅子身中の虫獅子を食らう」の略で、
獅子の体内に寄生して、ついには獅子を死に至らせる虫の意。
もとは仏教語で、仏教徒でありながら仏教に害をもたらす者の
ことをいったことば。




水魚之交 すいぎょのまじわり


水魚之交 すいぎょのまじわり 
非常に親密な関係。
離れがたいきわめて密接な友情や交際のたとえ。
夫婦の仲についてもいう。
三国時代、蜀(しょく)の劉備(りゅうび)が
諸葛孔明(しょかつこうめい)を軍師に招いたとき
「私が孔明を得たのは、魚が水を得た様なものだ」
といった故事から。




井蛙之見 せいあのけん


井蛙之見 せいあのけん
狭い見識のこと。
世間知らず。
「井蛙は以(もって)海を語る可(べ)からず」
(井戸の中に住んでいる蛙に海の話をしてもわからない。
それは自分の狭いすみかに世界を限定されているからである)から。
見識の狭い世間知らずに、世の中のことを話しても仕方がない
というたとえ。




俎上之鯉 そじょうのこい


俎上之鯉 そじょうのこい
俎(まないた)の上に据えられた鯉が、
料理されるのを待つばかりという状態のこと。
(転じて)
相手の成すがままになるより仕方のない、
逃げ場のない状態にある者のたとえ。
死ぬ以外に道のない、命運が尽きた者のたとえ。
他人によって生死の運命が握られている者のたとえ。
また、結果を待つ心境にもいう。
「まな板の上の鯉」ともいう。
類語、俎上之魚。俎上之肉。




池魚之殃 ちぎょのわざわい


池魚之殃 ちぎょのわざわい
巻き添えを食うこと。
思いもよらない災難にまきこまれること。
とばっちりで被害を受けること。
むかし宝珠を池に捨てたという者があったので、
宝珠を捜すため池の水が汲み干されて、
池が干上がって魚が死んでしまったという故事から。
また、楚(そ)の国の城門の火事を消すために、
池の水を汲み干した結果、
池の魚が死んでしまったという故事などによる。
また別に、火事の類焼にあい焼け死ぬことにもいう。




彫虫篆刻 ちょうちゅうてんこく


彫虫篆刻 ちょうちゅうてんこく
小さな虫を彫り、篆書を刻む(印材に文字を彫る)ように、
詩作や文章などで細部にこだわって飾り立てた文章表現のたとえ。
「彫虫」は、虫の形を彫刻すること。
「篆刻」は、篆書を彫刻すること。
「篆」は、篆書で、古い漢字の字体の一つ。
また、瑣末(さまつ)な事柄を
もったいぶって論ずる文学や学問を卑しめていう。




沈魚落雁 ちんぎょらくがん


沈魚落雁 ちんぎょらくがん   
女性として、とても美しいこと。
美人を形容する最大級の言葉。
「沈魚」は魚が沈むこと、
「落雁」は雁が地面に落ちるの意。
女性のあまりの美しさに、魚は恥ずかしくて沈み
雁は見とれて落ちるがもとの意。




轍鮒之急 てっぷのきゅう


轍鮒之急 てっぷのきゅう
危急に瀕(ひん)すること。
一刻の猶予もできないほど差し迫った危険や災難のたとえ。
「轍」は、車の通り過ぎた跡のくぼみで、
そこにたまった水の中であえいでいる鮒(ふな)の様子から、
差し迫った危険や苦しみのたとえ。
荘子が貧しかった頃、人に穀物を借りようとしたとき、
自分の危急に瀕した現状を轍にいる鮒に例えた故事による。




蟷螂之斧 とうろうのおの


蟷螂之斧 とうろうのおの     
力の弱い者が自分の力をわきまえず、
無鉄砲な勇気を奮って強者に立ち向かうこと。
はかない抵抗のたとえ。
「蟷螂」はカマキリ、
「斧」はカマキリの前脚の意で、
カマキリは前脚をあげて、相手構わずに立ち向かうことから。
斉(せい)の荘公(そうこう)が狩りに出かけたとき、
カマキリが車を打とうとして、前脚をあげて向かった、
荘公は「これが人間なら天下の勇者になれるだろう」
と言った故事による。
身の程知らずな行いのたとえ。




得魚忘筌 とくぎょぼうせん


得魚忘筌 とくぎょぼうせん
目的が達せられると、手段は忘れられるということ。
筌(うえ)を使って魚を捕ると、
そのうれしさに筌のおかげで捕れたのだということを忘れてしまう。
(転じて)
目的を達してしまうと、それまで役に立っていた物の事を
忘れてしまい、かえりみなくなることのたとえ。
また、恩を受けて報いることを忘れる意にも用いる。
「筌」は、水中に沈めて魚を捕る道具で、竹で作ったかごのこと。
「魚(うお)を得て筌(せん)を忘れる」と訓読する。




呑舟之魚 どんしゅうのうお


呑舟之魚 どんしゅうのうお 
船をまるごと呑み込んでしまうほどの大きい魚。
(転じて)
人間の器量が大きい大人物、大物のたとえ。




魯魚之誤 ろぎょのあやまり


魯魚之誤 ろぎょのあやまり  
見た目がまちがいやすい文字や似た文字の誤り。
「魯」と「魚」は字形が似ていて誤りやすいところから。




滅多矢鱈 めったやたら


滅多矢鱈 めったやたら
前後の事を考えない無茶苦茶なようすのこと。
「滅多」は、多くの物が無くなる、
「鱈」は、数多く獲れることから、数量が多い意で、
「矢鱈」は、たくさんの矢。
数多くの矢が無くなるほど放つことから、
目星をつけず数を打って当てるという意。
(転じて)
考えもなく手当たり次第に何かをしたり、
また、数量や度合いなどがむやみに多いさまにもいう。
なお、「滅多矢鱈」は当て字とされており、
「やたらめったら」はこの語の転じたことば。




臨淵羨魚 りんえんせんぎょ


臨淵羨魚 りんえんせんぎょ
欲しがるだけで少しも努力をしなければ、何も手に入らないということ。
願いをかなえるには、まず有効な手段を考えることが大事である。
「淵に臨(のぞ)みて魚を羨(うらや)むは、
退きて網を結ぶに如(し)かず」から。
水辺に立って魚が欲しいとただ眺めているだけなら、
家に帰って魚を捕らえる網を編んだ方が良いという意。
いたずらに他人の幸福をうらやむよりは、
自分で幸福を得る工夫をする方がよい、
成功を夢みる前に、手段を講じる方が先決であること。




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