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逆引き 四字熟語 四文字熟語辞典 > 学問 努力 修行に関する四字熟語



悪衣悪食 あくいあくしょく


悪衣悪食 あくいあくしょく
粗末な衣服と粗末な食物。
孔子の「悪衣悪食を恥ずる者は未だ与(とも)に議するに足らず」
ということばから。
自分の粗末な衣服や質素な食事を恥ずかしく思うような者は、
まだまだ精神的に未熟である、
人の道について一緒に語り合う資格はないということ。
人格の修養を志す人は、外面的なものに心を奪われてはならない
という意味を表す。





以心伝心 いしんでんしん


以心伝心 いしんでんしん 
言語や文字では表せない仏法の真髄を、
師の心から弟子の心に直接伝える事。
ことばによらず心で意思を伝えること。
(転じて)
言葉を用いないでも、お互いに意志が通じる意に用いる。



一意専心 いちいせんしん


一意専心 いちいせんしん
他のことは一切考えず、一つの事に心を集中すること。
熱中すること。
「一意」は一つの事に集中すること、
「専心」はあることに心を集中し、熱心に行う事。
専念すること。



一行三昧 いちぎょうざんまい


一行三昧 いちぎょうざんまい
仏教語で、仏道修行のうち一つの修行法に決めて、
それに専念して励むこと。
特に念仏三昧をいう。
「一行」は、修行方法を一つに定めて専心すること、
「三昧」は、精神を集中し、心を安定させること。またその状態。
また、何かをする時、やり方を一つに決めて、迷うことなく行うこと。





一暴十寒 いちばくじっかん


一暴十寒 いちばくじっかん 
何事も継続して努力しなければ、
仕事や学問の成果はあがらないという事のたとえ。
一日あたためて十日冷やすともいい、せっかく暖めても、
それ以上の時間冷やしたのではなにもならないという意から。



一念通天 いちねんつうてん


一念通天 いちねんつうてん
強い信念をもって一心に努力を続けていれば、
必ず成し遂げられるということ。
「一念」は、ある一つのことをひたすら思い続けること。
固い決意で物事に専心し、たゆまず努力を続けていけば、
その誠意が必ずや天に通じて、
いかなる事でも達成することができるという意。




一粒万倍 いちりゅうまんばい


一粒万倍 いちりゅうまんばい 
一粒の種子から万倍もの収穫をあげること。
小さなことから大きな結果を生むことのたとえ。
(転じて)
わずかな善根から多くの報いを得るという意。
または、わずかだからといって粗末にはできないという意。



一簣之功 いっきのこう


一簣之功 いっきのこう
仕事を完成させる直前の最後の努力のこと。
「簣」は、縄または藁蓆(わらむしろ)を網状に編んだ「もっこ」のことで、
吊り綱に棒を通し前後二人で担ぎ、農作業や土木工事などで土や砂を運搬することに使用される道具。
「一簣」は、一つのもっこ。(転じて)わずかな量のこと。
もっこ一杯の土の仕事のことで、山をつくるのには、
最後のもっこ一杯の土がたりなくても完成したとはいえないことから、
最後の骨折り、残りわずかのひとふんばりのこと。
完成直前の努力を惜しんだ
「九仭の功を一簣に虧く(きゅうじんのこうをいっきにかく)」に
由来することば。




一挙三反 いっきょさんはん


一挙三反 いっきょさんはん
頭の回転が速いこと。
ある一つのものを取り上げて教えれば、
それによって他の多くの事を類推して理解するように、
積極的に自分で考え求めること。
孔子が、教える価値がある人について、
「四すみのうち、一つのすみを示せば(一挙)、
あとの三つを答える(三反)ような人には、
繰り返して教えてもよい」と言った故事から。
学ぼうとする意欲が旺盛なたとえにもいう。




一子相伝 いっしそうでん


一子相伝 いっしそうでん   
学問や技芸などの奥義を我が子の一人にだけ、
口伝(くでん)や体得で伝えて他の物には秘密にする事。
「一子」は一人の子供、「相伝」は代々伝えていくの意。




一生懸命 いっしょうけんめい


一生懸命 いっしょうけんめい 
命がけでものごとにあたること。
全力で努力すること。
一所懸命から変化した言葉。



一所懸命 いっしょけんめい


一所懸命 いっしょけんめい 
本気になって必死でやる。
主君から賜った領地を命がけで守る事。
(転じて)
命がけでものごとにあたること。



一心不乱 いっしんふらん


一心不乱 いっしんふらん 
一つの事に集中して他のことに心を乱されない事。
必死にものごとに取り組むようすをいう。
「一心」は一つの事に専念すること。
「不乱」は雑念で心を乱されない事。



一寸光陰 いっすんこういん


一寸光陰 いっすんこういん
非常にわずかな時間のこと。
「一寸」は、ごく短いこと、ほんのわずかの意。
「光陰」は、「光」は昼「陰」は夜の意で、時間や月日のこと。
「少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず」の略で、
ほんのわずかな時間も無駄にしてはいけないという戒めのことば。




韋編三絶 いへんさんぜつ


韋編三絶 いへんさんぜつ 
繰り返し何度も書物を読む事。
熱心に読書することのたとえ。
「韋編」は文字を記した竹札を革紐でつないだ古代中国の書物のこと、
「三絶」は三度切れるの意。
書物をとじた紐が三度も切れる事から読書に熱心なことのたとえ。



温故知新 おんこちしん


温故知新 おんこちしん  
過去の事柄や古典を調べて、
そこから新しい知識や見識を得る事。
「温」は重ねて習熟する。
「故」は過去の出来事や古典の事。
「知新」は新しい意味を発見するの意。



下学上達 かがくじょうたつ


下学上達 かがくじょうたつ 
手近で初歩的なところから学んで、
次第に深い学問に進んで行き、
高度な学理にまで到達する事。
「下学」は手近で初歩的なことを学ぶこと。
「上達」は高遠な真理に達するの意。



汗牛充棟 かんぎゅうじゅうとう


汗牛充棟 かんぎゅうじゅうとう 
蔵書が非常に多いことのたとえ。
書物を車に載せて引かせると牛が汗をかき、
家で積み上げると棟木に届くほどであるという意から。
(転じて)
多くの書籍。



眼光紙背 がんこうしはい


眼光紙背 がんこうしはい  
書物の字句の奥にある深い意味まで読み取り、理解すること。
「眼光」は目の光の他に、観察力、洞察力という意がある。
「紙背」は紙の裏まで見通すの意。
「眼光紙背に徹す」といい、鋭い視線が文字はおろか、
紙の裏にまで達するほど徹底的に洞察力を働かせて読み込むの意。


換骨奪胎 かんこつだったい


換骨奪胎 かんこつだったい 
古人の詩文の形式・着想・内容などをまねながら、
独自の作品を作り出すこと。
他人の骨と取替え、胎盤を奪い去って自分の物にしてしまうことから。
また焼き直しの意味にも使われる。



愚公移山 ぐこういざん


愚公移山 ぐこういざん  
根気よく努力すれば、物事はかならず達成できるというたとえ。
愚公という老人が、周囲の人の嘲笑にもめげずに
山を取り壊す作業を続けた、そしてその誠意に天帝が動かされ、
ついに山を他の地へ移したという故事から。



螢雪之功 けいせつのこう


螢雪之功 けいせつのこう 
苦労して学問に励む事。
またはその結果。
貧乏で油も買えない晋(しん)の車胤(しゃいん)は蛍の光を、
また孫康(そんこう)は窓辺の雪明りを灯火の代わりとして勉強した
という故事から。



口耳之学 こうじのがく


口耳之学 こうじのがく  
受け売りの知識、耳学問のこと。
耳から入って口から出る学問。
他人の学説を鵜呑みにするような底の浅い、
自分の身につかないいい加減な学問という意。



刻苦勉励 こっくべんれい


刻苦勉励 こっくべんれい 
心労を尽くして仕事や勉学に励む事。
苦労しながら努力する事。
「刻苦」は力を尽くし心を労すること、
「勉励」は努め励み、精を出すこと。



金剛不壊 こんごうふえ


金剛不壊 こんごうふえ  
極めて堅固で決してこわれないこと。
(転じて)
志を固く守ってかえないことのたとえ。
金剛石(ダイヤモンド)のように堅固で容易に壊れないことから。
「金剛」は仏教語(梵語の漢訳)で堅固の意。



四書五経 ししょごきょう


四書五経 ししょごきょう 
儒学(じゅがく)を学ぶための基本的な書物。
「四書」は、大学(だいがく)中庸(ちゅうよう)論語(ろんご)
孟子(もうし)をいい、
「五経」は、易経(えききょう)詩経(しきょう)書経(しょきょう)
春秋(しゅんじゅう)礼記(らいき)をいう。
これらの書物を儒学の聖典とされた。



七転八起 しちてんはっき


七転八起 しちてんはっき 
何度失敗しても、くじけることなく立ち上がり、奮起する事。
七度転んでも八度起きるという意から。



夙興夜寝 しゅくこうやしん


夙興夜寝 しゅくこうやしん 
朝早くおきて夜遅くまで職務や勉学に励む事。
「夙興」は朝早く起きる事の意。



熟読玩味 じゅくどくがんみ


熟読玩味 じゅくどくがんみ 
文章の意味や内容をよく考えながら深く味わって読む事。
「熟読」は繰り返しくわしく読む。
「玩味」は意味・道理をよく考え深く味わう事の意。



初志貫徹 しょしかんてつ


初志貫徹 しょしかんてつ  
最初に思い立った志を、くじけることなく最後まで貫き通すこと。
「初志」は、はじめに立てた志の意。



薪水之労 しんすいのろう


薪水之労 しんすいのろう  
人に仕えて、日常の雑事、雑用などに骨身を惜しまず働く事。
卑しい労働の例え。
薪(たきぎ)を拾い水を汲むこと、すなわち炊事仕事の苦労の意から。



精神一到 せいしんいっとう


精神一到 せいしんいっとう 
全精神を集中して努力すれば、どんな困難なことでもできるということ。
朱熹(しゅき)の言った「精神一到何事か成らざらん」の略



赤手空拳 せきしゅくうけん


赤手空拳 せきしゅくうけん 
手に何も持っていない素手の事。
または、何の助けも受けないで、ひとりでやる事。
「赤手」も「空拳」も素手、またはからての意。



切磋琢磨 せっさたくま


切磋琢磨 せっさたくま   
学問や道徳に励み、人格を向上させる事。
または仲間同士が互いに競い合い励ましあって、
それぞれ学問や技芸を向上させ自分を磨く事。
宝石類の彫琢の過程「切」は切る、「磋」は、あらくみがく、
「琢」は、きざむ、「磨」は、みがくの意。
象牙や角は、刃物で切ったり、やすりで磨いたりして
きれいに細工して完成させることから、
その過程を学問や人格の向上にたとえたもの。



大死一番 たいしいちばん


大死一番 たいしいちばん  
死んだつもりになってものごとを行う事。
ほんらいは仏教語で、それまでの自分を投げ捨てて、
仏教の修行に専念するがもとの意。



多岐亡羊 たきぼうよう


多岐亡羊 たきぼうよう   
学問の道は多方面にわたっており、真理を得るのはむつかしい
ということ。
または、方法がいろいろあって、どれをとっていいか迷う事。
逃げた一匹の羊を大勢で追いかけたが、
道に分岐点が多くてとうとう見失ってしまったという故事から。



断簡零墨 だんかんれいぼく


断簡零墨 だんかんれいぼく  
紙の切れ端に書かれた文章。
または、書物の断片。
古人の書き記したものの切れはし。
「簡」は竹や木のかけらで、
「断簡」は切り離された簡、
「零墨」はわずかな墨跡の意。
どちらも文章の切れ端や、
紙の切れ端に書かれた文章を言う。



百花斉放 ひゃっかせいほう


百花斉放 ひゃっかせいほう 
多くの花がいっせいに咲く事。
(転じて)
さまざまな学問や芸術が一同にして
自由に盛んに行われているさま。
「百」は多数「斉」は平等「放」は開かれるの意。


百花繚乱 ひゃっかりょうらん


百花繚乱 ひゃっかりょうらん  
数多くの花が一度に咲き乱れ華やかなさま。
(転じて)
風俗が華やかなこと。
また、すぐれた人物や立派な業績が一時期に現れる事。
「繚乱」は「撩乱」とも書き、花が乱れるの意。



昼夜兼行 ちゅうやけんこう


昼夜兼行 ちゅうやけんこう  
昼も夜も休みなしに、仕事や物事をおこなうこと。
または、昼も夜も休まず非常に道を急ぐ事。
「兼行」は一日で二日の工程を行くことの意。



読書三到 どくしょさんとう


読書三到 どくしょさんとう  
読書に必要な三つの心得。
読書をして文章の真理を悟るには、
口到(声に出して読む)眼到(目でよく見る)
心到(心を集中する)の三つが大事であると言うこと。
朱熹(しゅき)の唱えた読書訓から。



読書百遍 どくしょひゃっぺん


読書百遍 どくしょひゃっぺん 
熟読のすすめ。
どんなに難しい書物でも何度も何度も繰り返し繰り返し読めば、
自然と意味や内容がわかってくるということ。
書物はむやみに多く読み散らさず、じっくり読むべきであることをいう。



博学多才 はくがくたさい


博学多才 はくがくたさい   
博識で才能が豊かな事。
広くいろいろな学問に通じていて、
多方面にわたって才知・才能が豊かな事。
「博学」は、いろいろな学問を詳しく知っている事。
「多才」は、才能や知識が豊かな事の意。



博覧強記 はくらんきょうき


博覧強記 はくらんきょうき  
広く書を読み、よく覚えて知っている事。
または、知識が豊富な事。
「博覧」は広く書を読む、
「強記」は記憶力が優れている事の意。



発憤忘食 はっぷんぼうしょく


発憤忘食 はっぷんぼうしょく 
食事をするのも忘れて夢中になって取り組む事。
学問上や人生上の難問題にぶつかって、
それを解明しようと精神を奮い起こしたときには、
寝食を忘れてしまうほどであるという事。
「憤」は興奮するの意。
「憤(いきどお)りを発して食を忘る」とも読む。



父子相伝 ふしそうでん


父子相伝 ふしそうでん    
父から子へ、技術や芸能や武術などの奥義を代々伝える秘伝の事。
または伝える財産の意にもいう。
口伝(くでん)や体を使って伝える事が多い。
相伝は代々伝えるの意。



不惜身命 ふしゃくしんみょう


不惜身命 ふしゃくしんみょう 
仏道の教えを修め極めるために、自身の身や命を惜しまないこと。
また、そうした心構えや態度。
「不借」は、惜しまない、「身命」は、からだと命の意。



不眠不休 ふみんふきゅう


不眠不休 ふみんふきゅう   
何日も幾晩も休みなく精一杯努力を続ける事。
眠らず休まず頑張るということ。



奮励努力 ふんれいどりょく


奮励努力 ふんれいどりょく  
目標に向かって気力を奮い起こして努力する事。
懸命に努め励む事。
「奮励」は奮い励む、「努力」は力を尽くすの意。
物事を成就し成功させるための心構えとして使われる。



亡羊之嘆 ぼうようのたん


亡羊之嘆 ぼうようのたん   
学問の道は多方面にわたっており、
真理を求めるのが容易ではないことのたとえ。
または、思い悩んで途方にくれたり、考えあぐねる事。
逃げた羊を追いかけたが、
道に分岐点が多くてとうとう羊を見失って嘆いたという故事から。



無学文盲 むがくもんもう


無学文盲 むがくもんもう     
学問や知識がなく、文字も読めないこと。
また、そのような人。
「無学」は学がない、
「文盲」は字が読めないの意。
比喩的に用いることが多い。




免許皆伝 めんきょかいでん


免許皆伝 めんきょかいでん  
その道を修め、極めた事を認める事。
師匠が弟子に武術や技芸の極意や奥義をすべて伝授すること。
「免」も「許」もゆるすこと、許可する事。
「免許」は伝授したことを証して与える許可状のこと。



面壁九年 めんぺきくねん


面壁九年 めんぺきくねん   
ある目標に向かって長い年月を、
ただひたすらに努力を続ける事のたとえ。
禅宗の始祖達磨大師が、
少林寺で壁に向かって座禅を九年間組続け、
ついに悟りを開いたという故事から。
人の学業に精通してる事をほめることば。



孟母三遷 もうぼさんせん


孟母三遷 もうぼさんせん   
子どもの教育には、環境が大切だということ。
「孟母」は孟子の母、
「三遷」は三度も住居を変えたという意。
「孟母三遷の教え」の略。
孟子の母は子どもの教育のことを考えて、三度も引越しをした。
初めは墓地の近くに住んでいたが、埋葬のまね事をして遊ぶので
市中に移り住んだ、
すると商売のまね事をして遊ぶので今度は学校の近くへ移り住んだ、
すると、礼儀作法など学習のまねをして遊ぶようになったので、
母は喜んでそこに居を定めた。という故事から。
 



孟母断機 もうぼだんき


孟母断機 もうぼだんき    
学問やものごとを途中でやめてはいけないという教え。
「孟母」は孟子(もうし)の母、
「断」は切ること、
「機」は布を織る機械の意。
「孟母断機の教え」の略。
孟子が学業の途中で、前途を悲観して家に帰った時、
孟子の母は織りかけの布を断ち切って、
学問を中途でやめることはこれと同じことだといって、
孟子をさとしたという故事から。
「断機之戒(だんきのいましめ)」ともいう。



勇往邁進 ゆうおうまいしん


勇往邁進 ゆうおうまいしん  
目標に向かってわきめもふらず、どこまでもまっしぐらに進む事。
「勇往」も「邁進」も、ともに勇ましく前進するさまの意。



有職故実 ゆうそくこじつ


有職故実 ゆうそくこじつ   
先例や典拠のこと。
朝廷や公家、武家の古いしきたりや制度・官職の先例のこと。
または、それを研究する学問の事。
「有職」とは職に関する知識の有る意で、物知りのこと。
「故実」は古い事柄の意。



和魂漢才 わこんかんさい


和魂漢才 わこんかんさい   
日本固有の精神と中国伝来の学問。
心に大和魂を持ち教養として漢学を修め活用する事。
平安時代の貴族が、中国の学問を学んでも日本人の心を
忘れないようにと、戒めの意味で作られた言葉。



和魂洋才 わこんようさい


和魂洋才 わこんようさい   
日本固有の精神と西洋の学問。
心に大和魂を持ち西洋の学問や知識を受け入れ活用すること。
明治時代に西洋の学問を学ぶ心構えとして
「和魂漢才」をもじって作られた言葉。



一点一画 いってんいっかく


一点一画 いってんいっかく
漢字の一つの点、一つの画のこと。
点や画など細かいところの一つ一つに気を配り、
丁寧に文字を書くことをいう。
ごくわずかのことをゆるがせにしないことにもいう。
「画」は、筆画(ひっかく)のこと。




意匠惨澹 いしょうさんたん


意匠惨澹 いしょうさんたん
創作の苦しみのこと。
心にいろいろと思いをめぐらし、
苦心して工夫を凝らすさま。
「意匠」は、工夫するさま。
「惨澹」は、悩み心が痛むさま。
「澹」は「憺」とも書く。




乙夜之覧 いつやのらん


乙夜之覧 いつやのらん
天子が読書すること。
「乙夜」は、ひと晩を五つに分けたうちの二つ目で、夜十時ごろ。
昔、中国で天子は昼間は政務に忙しいので、夜十時すぎになって、
ようやく書を読む余裕ができるということから。
読書の大切さのたとえ。



永字八法 えいじはっぽう


永字八法 えいじはっぽう
書道で「永」の一字を練習すれば身につくという、
すべての漢字に共通した八種類の基本的な運筆法のこと。
「八法」とは、側(そく、点)・勒(ろく、横画)・努・(ど、縦画)
・策(さく、右上がりの横画)・掠(りやく、左はらい)・啄(たく、
短い左はらい)・磔(たく、右はらい)・趯(てき、はね)の八種の筆法。
後漢の蔡邕(さいよう)が考案したという書法伝授法の一つ。




格物致知 かくぶつちち


格物致知 かくぶつちち
物事の道理や本質を深く追求し理解して、
知識や学問を磨き上げること。
この言葉は儒教の四書のひとつ「大学」から出た語で、
解釈は諸説ある。
そのなかで大きく分けて、朱子(朱熹)学と陽明学の二説ある。

朱子学では、「知を致すは物に格(いた)るに在り」と読み、
「格」は「至る」の意。
自己の知識を最高度に到達しようとするには、
物事を究明してその道理を極めることが先決であるということ。

陽明学によれば、「知を致すは物を格(ただ)すに在り」と読み、
「格」は「正す」の意。
生まれもった心の良知や判断能力を磨き天理を悟ることが、
日常の万事の善悪を正すことであるということ。




過庭之訓 かていのおしえ


過庭之訓 かていのおしえ
父の教えをいう。
また、家庭での教育のこと。
孔子の息子の鯉(り)が庭を通りすぎようとした時、
孔子が呼び止め、詩や礼を学ぶべきことを教えた故事による。
「過庭」は、庭を通り過ぎること。
「訓」は、教え、教育。
庭訓(ていきん)とも言う。




記問之学 きもんのがく


記問之学 きもんのがく
古い書物を読んで、ただ暗記しているだけにすぎない学問のこと。
知識があるだけで、それを十分生かすことのできないこと。
また、実生活では何の役にも立たない学問のこと。
人の反論や質問をあらかじめ予想して、
いろいろなことを暗記しておき、
それをやたらに講釈する学問の態度にもいう。




教学相長 きょうがくそうちょう


教学相長 きょうがくそうちょう
人を教育することは自分の修行にもなり、
師の側も成長の機会であること。
教育は、教えを受けることで自分に不足するものを知り、
教える側も自らの知識の不備や未熟に気づかされる。
教える者と学ぶ者が相互に刺激を与えあい、成長することをいう。
「教学相長ず」(きょうがくあいちょうず)ともいう。




教外別伝 きょうげべつでん


教外別伝 きょうげべつでん
仏教における禅宗の教えで、
仏の悟りを伝えるのに、言葉や教典などの文字によらず、
直接心から心へと伝えるものであるということ。
悟りとは経典などから得られる文字の上での教えとは別に、
直接心に伝導せしめること。
「不立文字(ふりゅうもんじ)」とともに禅の立場を示す代表的なことば。
「きょうがいべつでん」とも読む。




虚往実帰 きょおうじっき


虚往実帰 きょおうじっき
学徳のない弟子が、師から多くの教えを授けられること。
先生や師匠などから、無形の感化や徳化を十分に受けるたとえ。
「虚にして往(ゆ)き、実(じつ)にして帰る」と訓読する。
「虚往」は、空っぽの頭で師のもとへ出かけること、
「実帰」は、充実して帰る、また、十分に満足して帰るという意。
王駘(おうたい)の門下に学ぶ者は、からっぽの頭で訪ねて行っても、
十分に得る所があって帰って来るということから出たことば。
教化の多大なことにもいう。




一以貫之 いつもってこれをつらぬく


一以貫之 いつもってこれをつらぬく
一貫した生き方のこと。
ただ一つだけのことを貫き守って生きることをいう。
「論語」で、孔子が「吾が道は、一以(いつも)って之(これ)を貫く」
と言った故事から。
また、一筋に道を求めるという意味や、
多岐に心が散漫になっては何も得られない、
物事を行う時は一つの事に専念するべきであるという
警句としてもいう。




蛍窓雪案 けいそうせつあん


蛍窓雪案 けいそうせつあん
苦労して学問に励むことのたとえ。
生活が貧しいため、蛍(ほたる)の光や窓からさしこむ雪明かりを
照明代わりにして勉強すること。
「蛍窓」は、晋(しん)の車胤(しゃいん)が、貧しかったために
蛍を集めてその光で書物を読んだという故事による。
「雪案」は、同じく貧しかった晋の孫康(そんこう)が、
窓からさしこむ雪の明かりで書物を読んだという故事による。
略して「蛍案」「蛍雪」ともいい、「蛍雪之功(けいせつのこう)」ともいう。
「案」は、机のこと。




只管打坐 しかんたざ


只管打坐 しかんたざ
あらゆる雑念をはらい、ただひたすらに座禅を修業すること。
「只管」は、ひたすら一つのことに専念すること、一途の意。
「打坐」は、座ること、座禅をすること。
座禅は、両足を組んですわり、精神統一をもって、
無の境地に入る禅の修業のこと。




已後而死 ししてのちやむ


已後而死(死して後已む) ししてのちやむ
死ぬまで努力し続けること。
死んでようやく終わりになることで、
命のある限り物事をやめるべきではないことをいう。




自主独立 じしゅどくりつ


自主独立 じしゅどくりつ
独力で行うこと。
自分の力で、自分の意志で、
自分の責任において物事をなしていくこと。




紙背之意 しはいのい


紙背之意 しはいのい
行間に隠された意味。
字面ではなく紙の裏の意。
(転じて)
文字で書かれた言葉だけではなく、
その言葉の裏に隠された奥深い意味のこと。
「紙背」は、記された文字以外の意味。
一般には「眼光紙背に撤する」
「眼光紙背に撤(とお)る」と使う。




十五志学 じゅうごしがく


十五志学 じゅうごしがく
十五歳で学問に志すこと。
晩年の孔子が、自分の人生をふりかえって述べた一節に、
「吾十有五(われじゅうゆうご)にして学(がく)に志す」とある。
孔子は、十五歳になったとき、学問を志した。
「志学」のみで、十五歳の意にも用いる。




助長補短 じょちょうほたん


助長補短 じょちょうほたん
長所を伸ばし、短所を補うこと。
「長きを助け短きを補う」とも読む。
組織や社会では、人間関係を調整する際に用いられることば。




心願成就 しんがんじょうじゅ


心願成就 しんがんじょうじゅ
宿願の達成。
心の中で願い続けていた希望や夢がそのとおりにかなうこと。
「心願」は、心の中で神仏に立てる願。神仏に願をかけて祈ること。
「成就」は、思ったとおりに実現すること。
神や仏などに心から祈っていると、願いはかなえられるということ。
ただし願いをかなえさせるにはまず自分自身の強い思いが
必要であり、達成するように自分で行動し努力することが大事である。




精励恪勤 せいれいかっきん


精励恪勤 せいれいかっきん
力の限りを尽くして学業や仕事に励むこと。
きわめて熱心に仕事に励むこと。
「精励」は、力を尽くして仕事に励むこと。
「恪」は、慎むことの意で、
「恪勤」は、職務に忠実で、まじめに一生懸命勤めることの意。




水滴石穿 すいてきせきせん


水滴石穿 すいてきせきせん
絶え間ない努力は事を成就する。
微力でも根気よく続けてやれば、遂には成功することのたとえ。
水一滴が滴り落ちる力は弱く微々たるものだが、
長い時間を経ると、石に穴をあけるほど強い力となることから。
何事もあきらめずに根気よく努力すれば、
必ず成し遂げられるという意。
また、小さな力でも集めれば強大になるということ。
「水滴りて石を穿つ(みずしたたりていしをうがつ)」と訓読する。




碩学大儒 せきがくたいじゅ


碩学大儒 せきがくたいじゅ
深い学問を身につけた学者。
学問の奥義をきわめた大学者のたとえ。
「碩学」は、修めた学問の広くかつ深い人のことで、大学者のこと。
「碩」は、大きい意で、内容の充実しているさまをいう。
「大儒」は、すぐれた儒者または大学者のこと。
「儒」は、中国の春秋時代の孔子が始めた
儒教の教えを伝える人の意で、
後に学者一般をさすことばとなった。
「碩儒(せきじゅ)」ともいう。




積土成山 せきどせいざん


積土成山 せきどせいざん
少しの土でも、それを積み上げていけばやがては山になることから、
人も努力を積み重ねて学問に励めば、必ず大成することのたとえ。
「塵も積もれば山となる」と同じ意味のことば。
努力の積み重ねの大切さをいう。
「土積成山」とも書き、
「土を積みて山を成す」ともいう。




断機之戒 だんきのいましめ


断機之戒 だんきのいましめ
学問やものごとを途中でやめてはいけないという教え。
「断」は、切ること、
「機」は、布を織る機械の意。
孟子が学業の途中で、前途を悲観して家に帰った時、
孟子の母は織りかけの布を断ち切って、
学問を中途でやめることはこれと同じことだといって、
孟子をさとしたという故事から。
「孟母断機(もうぼだんき)」ともいう。




竹帛之功 ちくはくのこう


竹帛之功 ちくはくのこう
史上に残る功名のこと。名を残すことをいう。
「竹帛」は、竹ふだと白絹のきれ。
昔は紙がなく竹ふだや白絹に文字を書いたことから、
書物や歴史書を言う。
(転じて)
歴史に記され、後世に伝えられるべき功名のこと。




点滴穿石 てんてきせんせき


点滴穿石 てんてきせんせき
小さな力であっても、継続すれば大仕事を
成し遂げることができるということ。
一滴一滴の小さな雨だれが石の上に落ち続けると、
長い年月を経ていくうちには、
その石に穴をあけてしまうということから出たことば。

漢の景帝(けいてい)は、
御史大夫(ぎょしたいふ)の晁錯(ちょうそ)の献策をいれて、
諸侯(しょこう)の領地を削減しようとした。
呉王はこれを不服とし、他の六国とともに挙兵したが、
家臣の枚乗(ばいじょう)はその非を諫(いさ)め、
小さな事の積み重ねが、やがて大きな変化に
つながる事を説いて、和平工作をコツコツと続けるよう献言したという。
「泰山の霤石を穿つ(たいざんのあまだれいしをうがつ)」から。
「点滴石を穿つ(てんてきいしをうがつ)」と訓読する。




同声異俗 どうせいいぞく


同声異俗 どうせいいぞく
人は環境や教育によって違いが出てくることをいう。
本来人の生まれ持った性質や素質は同一だが、
教育や環境など後天的な要因によって違いが生じること。
教育の重要性を訴えることば。
「声」は、産声のこと。
「俗」は、習慣のこと。
生まれたときの産声はだれも同じだが、成長するに従って、
身についた風俗や習慣はそれぞれ異なっているということ。




独学孤陋 どくがくころう


独学孤陋 どくがくころう
独学を戒めることば。
師匠に就いたり学友と交わったりせずに一人で学ぶ者は、
啓発を受けることが無い為に、独りよがりのところが多くなり、
見識が狭くて駄目なものであるということ。
「孤陋」は、物の考え方が古く、新しいものを受け入れないさま。
出典の「礼記(らいき)」には、
「独学にして友無きは孤陋にして聞寡(ぶんすくな)し」とある。




読書三昧 どくしょざんまい


読書三昧 どくしょざんまい
ひたすら読書にふけること。
一日中、書物を読むことにひたりきるさま。
読書に夢中になって他をかえりみないこと。
「三昧」は、梵語(ぼんご)の音訳で、
心を一つのものに集中させる、熱中するの意。




独立自尊 どくりつじそん


独立自尊 どくりつじそん
人に頼らずに自分の力だけで事を行い、
自己の人格・尊厳を保つこと。
独力で自立して、自ら尊厳を守ること。
「自尊」は自身の品格を保つこと。
福沢諭吉の造語で、個人の独立が国家の独立につながるという
思想から、人任せにしない自立する生き方を求めたことば。




独立不撓 どくりつふとう


独立不撓 どくりつふとう
他人に頼らず自分だけの力でやりぬくこと。
「独立」は、人の力を借りずに自分の力で身を立てること。
「不撓」は、困難に負けないさま。
どのような困難に遭遇しても屈することなく、
自分の力で、自分の意志によって目標を達成するさま。




図南之翼 となんのつばさ


図南之翼 となんのつばさ
大事業を成し遂げようとすることのたとえ。
鵬(おおとり)が翼をはばたいて九万里も空高く舞い上がり、
南の海に飛ぼうとした話による。
また、遠征を試みようとする場合にも用いる。
「図」は、はかること、くわだてること。
「図南の鵬翼(ほうよく)」ともいう。




習与性成 ならい せいとなる


習与性成 ならい せいとなる
(習い、性と成る)

習慣がつくと、生まれつきのようになるということ。
後天的に習っていたことが、ついには先天的に備わっていた能力、
生まれつきの性質のようになっていまうほど上達してしまうこと。
原典では、習慣と天性との二つで性格がつくられるという意味で、
悪い習慣は避けて、良い習慣だけを繰り返すべきであるということ。
「習与性為」とも書く。




日暮道遠 にちぼどうえん


日暮道遠 にちぼどうえん
年老いてなお目的が容易に達せられそうにないことのたとえ。
日が暮れたのに、前途の道のりはまだまだ遠く心があせる意から、
期限が迫ったのに、物事がまだできあがっていないこと。
前途の計画は山ほどあるのに、それを仕上げるのは容易でなく、
時間に余裕がないことの例えにも使われる。
「日暮れて道遠し(ひくれてみちとおし)」と訓読する。
「道」は、「塗・途・路」とも書く。




任重道遠 にんおもくしてみちとおし


任重道遠 にんおもくしてみちとおし
(任重くして道遠し)

志を抱く男子の責任は重く、前途は長いことのたとえ。
志を抱く男子は、その任務(特に、仁を成し遂げる任務)は重く、
実行は容易でないから、その前途は遠いということ。
ゆえに、堅固な意志を持たなければならないと言った、
孔子の弟子の曾参(そうしん)のことば。




述而不作 のべてつくらず


述而不作 のべてつくらず
(述べて作らず)

先賢の説を受け継いで述べることはするが、
軽率に自分から創作はしない。
天下の道理は、古人聖賢のことばにすべて含まれているという意。
「論語」の「述べて作らず、信じて古(いにしえ)を好む。」に基づく。
孔子の学問に対する自分のやりかたを述べたことば。
「述」は、先人の学問を受け継いで述べ伝えること。
「作」は、創作すること。




博識多才 はくしきたさい


博識多才 はくしきたさい
知識が広く才能が優れている意。
いろいろな学問に通じ才能が豊かなこと。
「博識」は、広く物事を知っていること。
「多才」は、いろいろな方面の才能を豊かに備えていること。




白面書生 はくめんしょせい


白面書生 はくめんしょせい はくめんのしょせい
若くて未熟な学生のこと。
「白面」は、青白い色の顔。(転じて)年少で経験の浅いこと。
「書生」は、学問する人、知識人のこと。
年少で経験の乏しい書生。青二才の意。




偃武修文 えんぶしゅうぶん


偃武修文 えんぶしゅうぶん
戦いをやめ、学問を重んじて平穏な世の中を築くこと。
「偃武」は、武器を倉庫に納め片づける意。
(転じて)戦いをやめること。
「修文」は、文徳を修めること。学問を修めること。
武器を伏せてかたづけ、文徳を修めて太平の世にすること。

周の武王(ぶおう)が殷(いん)の紂王(ちゅうおう)を滅ぼして凱旋し、
武器をしまって学問を重んじ、軍用の馬を華山の南に帰し、
牛を桃林の野に放って、再び用いないことを示した故事に基づく。
「武を偃せ文を修む(ぶをふせぶんをおさむ)」と訓読する。




温故知新 おんこちしん


温故知新 おんこちしん
過去のことを研究して、そこから新しい真理を再発見すること。
古いものをたずね求めて新しい事柄を知る意から。
孔子の「故(ふるき)を温(たず)ねて新しきを知らば、
以(も)って師と為(な)るべし」
(昔のことを研究して、そのなかから新しい真理を発見できる人なら、
人の師となることができる)ということばから。
一般に「故きを温ねて新しきを知る
(ふるきをたずねてあたらしきをしる)」と訓読する。
一説には、「故きを温(あたた)めて」と訓読し、
冷たいものをあたため直し味わう意から
(転じて)昔のことをもう一度よみがえらす意となる。




百川学海 ひゃくせんがっかい


百川学海 ひゃくせんがっかい
すべての川は海を目標に流れ、最後には海に至ることから。
(転じて)
どんな人も立派な人を手本にして常に修養・努力すれば、
大業を成し遂げることができるという意。
「百川海に学んで海に至る、
丘陵(きゅうりょう)は山に学んで山に至らず」の略。
すべての川は、海を手本として流れやまず、ついには海に至る、
しかし丘は山を手本とするも、見ているだけで動かずに、
高大な山に至らず、元のままで変わらない。
どんな人も人格の高い人を手本に修養をつんで怠らなければ、
やがては人格を完成するが、
退いて動かない者は進歩しないということ。




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