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逆引き 四字熟語 四文字熟語辞典 > 教訓 戒め 反省に関する四字熟語



悪衣悪食 あくいあくしょく


悪衣悪食 あくいあくしょく
粗末な衣服と粗末な食物。
孔子の「悪衣悪食を恥ずる者は未だ与(とも)に議するに足らず」
ということばから。
自分の粗末な衣服や質素な食事を恥ずかしく思うような者は、
まだまだ精神的に未熟である、人の道について一緒に語り合う
資格はないということ。
人格の修養を志す人は、外面的なものに心を奪われてはならない
という意味を表す。




悪因悪果 あくいんあっか


悪因悪果 あくいんあっか
悪い行為をすれば必ず悪い報いがあるということ。
悪い原因は必ず悪い結果をもたらすこと。
「悪因」は悪い結果をまねく原因。
「悪果」は悪い報いや結果。
仏教で、人の行いの善悪に応じて、その報いが現れる
「因果応報(いんがおうほう)」の思想に基づく言葉。




蛙鳴蝉噪 あめいせんそう


蛙鳴蝉噪 あめいせんそう    
やかましく騒々しいこと。
大げさで下手な文章や、騒がしいだけのむだな議論を
あざけるときに用いる。
「蛙鳴」は蛙の鳴き声、
「蝉噪」はセミがやかましく鳴くことの意。
 


一諾千金 いちだくせんきん


一諾千金 いちだくせんきん   
男が一度承諾したことには千金にも代えがたい価値があるということ。
約束したら必ず守らなければならないことのたとえに用いる。
「季布(きふ)一諾」から出た言葉。
楚(そ)の名将・季布は、いったん約束したことは命をかけて実行したため、「黄金百斤(おうごんひゃっきん)よりも季布の一諾のほうがまし」と人々から絶大な信用を得た。



一罰百戒 いちばつひゃっかい


一罰百戒 いちばつひゃっかい  
罪を犯した一人の悪人を重く罰することで、
他の人々が同じ罪を犯さないように戒めること。



一利一害 いちりいちがい


一利一害 いちりいちがい
利益もあるが、害もあること。
良いことがあれば、その一方で悪いことがあること。
何事も利の反面には害があること。




一炊之夢 いっすいのゆめ


一炊之夢 いっすいのゆめ 
人の世の栄枯盛衰(えいこせいすい)などは、
はかなくむなしいというたとえ。
「一炊」は、黄梁(こうりょう/あわの事)が炊けるまでの
ほんの僅かの時間。

中国の唐の時代、趙(ちょう)の都 邯鄲(かんたん)にきた青年
盧生(ろせい)は、仙人から栄華が思いのままになるという枕を
借りて眠ったところ、出世をし栄華をきわめる夢をみたが、
ふと目覚めると、炊きかけの黄梁が、まだ煮えていないほどの
短い間であった。
人生は一場の夢のようにはかなく、栄達や栄華のむなしさを悟った
という故事から。
「邯鄲之夢(かんたんのゆめ)」ともいう。




意馬心猿 いばしんえん


意馬心猿 いばしんえん     
煩悩(ぼんのう)のとりこになり情欲や欲望にかられ、
心の乱れを鎮(しず)めることが出来ない事。
煩悩や欲望は抑えがたいということ。
意(心の動き)は馬がやみくもに走りまわるように、
心は猿が騒ぎたてるように、それを制するのはむずかしい
という意から。
仏教の教えからくる。



因果応報 いんがおうほう


因果応報 いんがおうほう    
悪事には必ず報いがあるという事。
前世の行いの報いを受ける事。
過去における善悪の行為の結果として現在の幸不幸があり、
現在の行為に応じて、将来はそれ相応の報いを受けるということ。
現在では悪い意味に用いることが多い。
「因果」は原因と結果、
「応報」は善悪の行為に応じてその報いを受けるの意。
仏教の教えからくる。



栄耀栄華 えいようえいが


栄耀栄華 えいようえいが    
高い地位と富を得て、華やかに栄えときめくこと。
華やかで贅沢な事。
(転じて)
ぜいたくの限りを尽くし、おごりたかぶること。
「栄耀」も「栄華」も、ともに財力と権力を得て富み栄えるの意。



蝸牛角上 かぎゅうかくじょう


蝸牛角上 かぎゅうかくじょう  
気にも留めないほどのきわめて小さな世界での争い。
つまらないことで争うことのたとえ。
「蝸牛角上の争い」という。
カタツムリの左の角の上にいる触氏(しょくし)と、
右の角の上にいる蛮氏(ばんし)とが争ったという寓話から。



瓜田李下 かでんりか


瓜田李下 かでんりか      
人から疑われるような行為は、しないほうがよいというたとえ。
「君子は未然に防ぎ、嫌疑の間に処(お)らず、
瓜田(かでん)に履(くつ)を納(い)れず、
李下(りか)に冠(かんむり)を正(ただ)さず」からでた言葉。
瓜(ウリ)畑で履物を直しているとウリを盗むのではないかと怪しまれ、
李(スモモ)の木の下で冠を直そうとすればスモモを取るのではないかと疑われる。
だから、そうした疑われるような行為はするなという意。
  


夏炉冬扇 かろとうせん


夏炉冬扇 かろとうせん     
季節はずれで役に立たない無用なもののたとえ。
「炉」は火鉢、「扇」はうちわのこと。
夏の火鉢、冬のうちわは季節はずれで無用であるという意。
不要な意見、無益な才芸の例えとして用いられる。 



勧善懲悪 かんぜんちょうあく


勧善懲悪 かんぜんちょうあく  
善いことをするように勧め、悪い事を戒め懲らしめること。
略して勧懲ともいう。
善が栄え、悪は滅びるという勧善懲悪を説く小説を勧懲小説といい、
滝沢馬琴(たきざわばきん)の「南総里見八犬伝」が名高い。



邯鄲之夢 かんたんのゆめ


邯鄲之夢 かんたんのゆめ    
人の世の栄枯盛衰(えいこせいすい)などは、はかなくむなしい
というたとえ。
中国の唐の時代、趙(ちょう)の都 邯鄲にきた青年盧生(ろせい)は、
仙人から栄華が思いのままになるという枕を借りて眠ったところ、
出世をし栄華をきわめる夢をみたが、ふと目覚めると、
炊きかけの黄梁(こうりょう/あわの事)が、まだ煮えていないほどの
短い間であった。
人生は一場の夢のようにはかなく、栄達や栄華のむなしさを悟った
という故事から。
「一炊之夢(いっすいのゆめ)」ともいう。



玩物喪志 がんぶつそうし


玩物喪志 がんぶつそうし    
無用なものにとらわれて、肝心な本心を忘れてしまうこと。
珍奇な宝ものをもて遊んでいるうちに、それにおぼれて
大切な志を失ってしまうこと。
また、学問の上で、枝葉末節に力を入れすぎて習得すべき
根幹となる重要な事柄を見失う意に用いる。
「人を玩(もてあそ)べば徳を喪(うしな)い、物を玩べば志を喪う」から。





脚下照顧 きゃっかしょうこ


脚下照顧 きゃっかしょうこ   
自分の身近なことから十分気をつけること。
「脚下」は足もと、「照顧」は照らし顧みるで、反省して
よく確かめることの意。
自己反省を促がす意味に用いる。



牛飲馬食 ぎゅういんばしょく


牛飲馬食 ぎゅういんばしょく  
やたらにたくさん食べたり飲んだりすること。
牛や馬が多くの水を飲み草を食べる事から、
人が酒や食べ物を多く飲食することをいう。
多く飲むことをクジラにたとえて「鯨飲」ともいう。



金科玉条 きんかぎょくじょう


金科玉条 きんかぎょくじょう  
人の守るべき一番大切な決まりや法律。
また、自分の考えや行動のよりどころとなる教訓や信条。
「金」も「玉」も大切なという意で、尊んでつけたことば、
「科」も「条」も法律や規定の条文の意。



愚者一得 ぐしゃいっとく


愚者一得 ぐしゃいっとく  
愚かな者でも、たまには名案の一つを考えつくことがあるということ。
また、自分の意見を述べる時に謙遜して言う言葉。
『「知者も千慮(せんりょ)に必ず一失あり、愚者も千慮に必ず一得
あり」といい、どんな知恵者でも千に一つぐらいは良くない考えは
あるものだし、愚かな者でも千に一つぐらいは妙案を考えるもので
ある。』から、人の話は心して聞くものであるという意。




鯨飲馬食 げいいんばしょく


鯨飲馬食 げいいんばしょく   
一度にたくさん飲んだり食べたりすること。
飲食の量がはなはだ多くその勢いがすさまじいことをいう。
「鯨飲」は、酒や水を一度にたくさん飲む事、
「馬食」は、たくさん食べることの意。




形影相同 けいえいそうどう


形影相同 けいえいそうどう   
人の心の善悪とその人の行いの善悪とは一致する
ということのたとえ。
身体が曲がれば影も曲がり身体がまっすぐならば
影もまっすぐなるように同じであるという意から。




軽諾寡信 けいだくかしん


軽諾寡信 けいだくかしん    
物事を何でもかるがるしく請け合う人は、
あまり信用できないということ。
「諾」は承諾する、「寡」は少ないの意。
「軽諾は必ず信寡(すくな)し」の略。




軽佻浮薄 けいちょうふはく


軽佻浮薄 けいちょうふはく   
軽はずみな言動が多く、落ち着き無くうわついていること。
「軽佻」は、よく考えないで、調子にのって行動したり、
言ったりすること、
「浮薄」は、あさはかで軽軽しい事の意。




牽強付会 けんきょうふかい


牽強付会 けんきょうふかい   
道理に合わないことを、自分の都合のいいように
強引に理屈をこじつけること。
「牽強」は無理にこじつけること、
「付会」はバラバラになったものを一つにあわせることから、
こじつけるの意。




拳拳服膺 けんけんふくよう


拳拳服膺(拳々服膺) けんけんふくよう
つねに心の中に刻んで片時も忘れないことの意。
「拳拳」は両手で大切にささげ持つさま、「膺」は胸の意で、
「服膺」は胸に刻んで片時も忘れないことの意。




恒産恒心 こうさんこうしん


恒産恒心 こうさんこうしん   
ある程度の財産や定職を持たない人は、まともな良心を保てず、
よからぬ気持ちが起きるものだということ。
「恒産なきものは恒心なし」の略。
「恒産」は一定の財産、安定した職業、
「恒心」は正しいことに従う安定した心の意。




呉牛喘月 ごぎゅうぜんげつ


呉牛喘月 ごぎゅうぜんげつ   
呉牛が暑さをいやがるあまり、月を見てもそれを太陽と見間違えて
あえぐことから、取り越し苦労をすることのたとえ。
「呉牛」は中国の呉の国に多くいたことから、スイギュウの別名。
「呉牛月に喘(あえ)ぐ」とも読む。



克己復礼 こっきふくれい


克己復礼 こっきふくれい    
自分の欲望をおさえて、社会の規範や礼儀にかなった行動をとること。
「克己」は己の欲望に勝つこと、
「復礼」は礼の道に従うことの意。
「己(おのれ)に克(か)ちて礼を復(ふ)む」と訓読する。
「仁」について、孔子が弟子の顔淵(がんえん)に答えたことば。




尸位素餐 しいそさん


尸位素餐 しいそさん      
その人に才能も実績もないのに高い地位につき、
いたずらに給料をもらっていること。
「尸位」は昔の中国で祖先を祭るとき、その子孫を祖先の神に
見立てたところから、何もしないのに高い地位につくことのたとえ。
「尸」はかたしろ、神の代わりとなって祭を受ける人。
「素餐」は何もしないでご馳走にありつくこと。




四海兄弟 しかいけいてい


四海兄弟 しかいけいてい    
世界中の人々はみな同じ人類で、分け隔てすべき理由が無く、
すべて兄弟のように親しくつきあうべきであるということ。
「四海」は四方の海、また国内、天下、世界の意。
「兄弟」は「きょうだい」とも読む。




自業自得 じごうじとく


自業自得 じごうじとく     
自分の悪い行いがめぐりめぐって我が身にその報いとして
失敗や苦しみを受けること。
自分の行ったことは結局、自分の身にふりかかるということ。




自己矛盾 じこむじゅん


自己矛盾 じこむじゅん     
自己の言動や行動の理論が相互に対立し、つじつまが合わないこと。
「矛盾」は、楚(そ)の商人が、
この矛(ほこ)はどんな盾(たて)でも突き通すことが出来るといい、
次にこの盾はどんな矛でも防ぐことができるといって、
売り込もうとしたが、
それではその矛でその盾を突くとどうなるかといわれて、
返答に困ったという故事による。




自縄自縛 じじょうじばく


自縄自縛 じじょうじばく    
自分の言動や心がけが災いして、
自分自身の動きがとれなくなり苦しむこと。
もとは、進退きわまり降伏の表現として、
自分のもっている縄で自分を縛って許しを請うこと。




時代錯誤 じだいさくご


時代錯誤 じだいさくご     
時勢を無視して昔のままのやり方を守ろうとすること。
時代遅れの古い考え方。
時代の異なるものを混同して考える事、
または時代の流れに逆行している事。
アナクロニズム。




杓子定規 しゃくしじょうぎ


杓子定規 しゃくしじょうぎ   
一定の基準や形式をすべてにあてはめようとすること、
そのため応用や融通がきかないことのたとえ。
昔の杓子(飯や汁をすくう道具)の柄は曲がって定規にならないのに、
無理に定規の代用にしようとしたことから。




奢侈淫佚 しゃしいんいつ


奢侈淫佚 しゃしいんいつ  
贅沢な暮らしにふけり、不道徳でしまりのない行いを楽しむ事。
「奢侈」はおごるの意で、必要以上の、
また分限を越えた生活をすること。
「淫佚」は「淫逸」とも書き、男女間のみだらなこと、
遊興にふけるの意。



主客転倒 しゅかくてんとう


主客転倒 しゅかくてんとう   
ものごとの軽重や主人と客の立場が逆転すること。
また、中心になる物事と取るに足らない物事の立場・順序・重要度の高いものと低いものが逆になること。
「主客」は「しゅきゃく」とも読み、「転倒」は「顛倒」とも書く。




酒池肉林 しゅちにくりん


酒池肉林 しゅちにくりん    
贅沢をきわめた酒宴。
また、おごりたかぶった遊びの事。
豪遊の限りを尽くす事。
酒を満たして池をつくり、肉をぶらさげて林をつくるがもとの意。
殷(いん)の紂王(ちゅうおう)が、人民をよそに贅沢を極め
酒の池や肉をぶらさげた林をつくって宴をはり、
遊びの限りを尽くした故事から。
みだらな酒宴の場合にもいう。





精進潔斎 しょうじんけっさい


精進潔斎 しょうじんけっさい  
飲食や行いを慎み、心身を清めてけがれのない状態にしておくこと。
「精進」も「潔斎」も、ともに身を清めて不浄を避けるの意。




枝葉末節 しようまっせつ


枝葉末節 しようまっせつ    
主要でないものや事柄。
本質からはずれたどうでもよくつまらない部分。
「枝葉」は、枝と葉、転じてものごとの主要でない部分、
「末節」は、つまらないささいな事柄の意。




白河夜船 しらかわよふね


白河夜船 しらかわよふね    
ぐっすり眠り込んでしまい、その間なにが起こっても
気が付かないこと。
京都を見物してきたと偽った者が白河(京都の地名)の
ことを尋ねられ、川のことかと思って、夜、船で通ったから
知らないと答えたという話から。
「白川夜舟」とも書く。




私利私欲 しりしよく


私利私欲 しりしよく      
自分の利益だけを考えて行動しようとする欲望。
「私利」は自分だけの利益、
「私欲」は自分だけをよかれとする卑しい心の意。




人権蹂躙 じんけんじゅうりん


人権蹂躙 じんけんじゅうりん  
人間が本来もっている基本的な権利を、ふみにじること。
人権の侵害。
特に国家権力が、人権をないがしろにして、不法な扱いをすること。
また、強い立場の人が、弱い立場の人の人権をふみにじること。
「蹂躙」は暴力的に他のものを害したり、権力によって他の権利を
侵したりする事の意。




信賞必罰 しんしょうひつばつ


信賞必罰 しんしょうひつばつ  
賞罰のけじめを厳格につけ、実践する事。
功績や手柄のあった人には必ず賞を与え、
過ちや罪を犯した人は必ず罰すること。
「信賞」は、間違いなく賞を与える事の意。



針小棒大 しんしょうぼうだい


針小棒大 しんしょうぼうだい  
針ほどの小さいものを棒くらいあったように
大げさに言うという事のたとえ。
物事を実際よりもはるかにおおげさに表現するときのことば。




酔生夢死 すいせいむし


酔生夢死 すいせいむし     
何もしないで、一生をむだに終えること。
酒に酔ったように生き、夢見心地のように死ぬという意から。
後世に残るような仕事や意義のある事を何もしない場合いにいう。




寸善尺魔 すんぜんしゃくま


寸善尺魔 すんぜんしゃくま   
善いことにはとかく邪魔がはいりやすいという事。
または、善いことより悪い事のほうがはるかに多いということ。
一寸(約3センチ)の善と一尺(約30センチ)の悪という意から。
善い事が少しあると次にはより大きな悪い事が起こるのが
世の常であるということのたとえ。




贅沢三昧 ぜいたくざんまい


贅沢三昧 ぜいたくざんまい   
やりたい放題の贅沢にふけること。
「贅沢」は金やものを必要以上に使うこと、
「三昧」は心を一つに集中して、他には目もくれないという意。




積善余慶 せきぜんよけい


積善余慶 せきぜんよけい    
善い行いを積み重ねた結果として、必ず思いもかけない
よいことが起こること。
「積善」は善行を積み重ねる、
「余慶」は子孫にまで現れるよい出来事の意。
「積善の余慶」とか「積善の家には必ず余慶あり」という形で用い、
善行が積もり積もった家には、その報いとして必ず子孫にまで及ぶ
幸福がもたらされる事をいう。




千慮一失 せんりょいっしつ


千慮一失 せんりょいっしつ   
あれこれ考えをめぐらせ十分に考慮したつもりでも、
思いがけない手抜かりや失敗があること。
または、どんな知者や賢者でも、
たまには考え違いや間違いを犯すことがあるということ。
「千慮」は、あれこれ考えをめぐらすこと、
「一失」は、一つの誤りの意。




創業守成 そうぎょうしゅせい


創業守成 そうぎょうしゅせい  
事業を新しく始めることはたやすく出来るが、それを維持して発展させていくことは難しいということ。
創業は事業を始める事、守成は創業を受け継いでそれを固め守る事。
「創業は易(やす)く守成は難(かた)し」の略。
「創業は易く守文(しゅぶん)は難し」とも書く。

唐の太宗(たいそう)が大帝国を創ったのち、名臣たちに、
「創業と守成、孰(いず)れか難(かた)き
(創業と守成のどちらが困難か)」と尋ねると、魏徴(ぎちょう)が、
天下を得た後は心がおごり贅沢になり国家の衰退や
疲弊(ひへい)を引き起こすので、守成の方が困難であると答えた故事から。




宋襄之仁 そうじょうのじん


宋襄之仁 そうじょうのじん   
無益な情け。
無用な情けをかけてひどい目にあうこと。

春秋時代、宋(そう)の襄公(じょうこう)が楚(そ)と戦ったとき、公子の目夷(もくい)が、楚が布陣しないうちに攻撃しようと進言したが、
襄公は、君子は人の困難にはつけこまないものだと言って攻撃せず、戦さに負けてしまったという故事による。

事の是非や状況の正しい判断ができずに、つまらない思いやりを示す似非(えせ)君子を軽蔑して言う。



造反有理 ぞうはんゆうり


造反有理 ぞうはんゆうり    
体制に対する反逆にもそれなりの道理があること。
「造反」は反逆する、謀叛する、
「有理」は道理があるの意。
毛沢東が中国の文化大革命のとき、
革命派を励ますために演説で使った言葉。
人民がやむを得ず起こす反逆をいう。
  



対牛弾琴 たいぎゅうだんきん


対牛弾琴 たいぎゅうだんきん  
何の効果もなく、むだなことをすること。
中国の戦国時代、公明偽(こうめいぎ)が
牛に琴の名曲を聞かせたところ、何の反応も示さなかった。
しかしその牛は子牛の鳴く声には反応があったという故事から。




他山之石 たざんのいし


他山之石 たざんのいし     
他人の失敗や自分より劣る人の言動や行動を、
自分を磨くために役立てる事。
別の山から出る粗末な石でも、自分の山からでた宝石を磨くのには
役立つという意から。
「他山の石は、以(もっ)て玉を攻(おさ/みがくこと)むべし」の略。
自分より優れた人物の行為を、他山之石とたとえるのは間違いで、
自分より劣る人の言行を、我が身を戒め学問をみがく事の
参考にする意に用いる。




竹頭木屑 ちくとうぼくせつ


竹頭木屑 ちくとうぼくせつ   
竹の切れはし、木のけずり屑のように役に立たないようなものでも、
何かの役に立つことがあるということ。
些細なこともおろそかにしないことのたとえ。
「竹頭」は竹の切れ端、
「木屑」は木のくずの意。
晋の陶侃(とうかん)が、竹の切れ端や木のくずを大事に
とっておいて、後日それを役立てたという故事による。




胆大心小 たんだいしんしょう


胆大心小 たんだいしんしょう  
度胸が大きく大胆で、しかも細心の注意をはらう面もあること。
また、文章をつくるときの戒めの語として、
大胆かつ細心であるべきこと。
「胆大」は度胸がよい、
「心小」は細心であることの意。




知行合一 ちごうごういつ


知行合一 ちごうごういつ    
知識と実践的活動が合致すること。
または、一致しなければいけないということ。
中国・明(みん)の王陽明(おうようめい)の学説。
「知」は知識、「行」は行動の意で、
この二つが一つに合わさるということ。
認識と実践は一致しなければならず、
真の知識があればかならず行えるのであり、
行った後に初めて知った事になるという意。




頂門一針 ちょうもんいっしん


頂門一針 ちょうもんいっしん  
人の痛いところをついた忠告や教訓。
相手の急所をついた痛烈な戒めのたとえ。
「頂門」は頭のてっぺんのことで、
頭のてっぺんに刺した一本の針がもとの意。
「一針」は「ひとはり」とも読む。
頭のてっぺんに一本の針を刺すように、
人の急所をえぐるような厳しい戒めや教訓のこと。



朝令暮改 ちょうれいぼかい


朝令暮改 ちょうれいぼかい   
命令や法規が頻繁に変わる事。
または、法令が頻繁に出る事であてにならないこと。
朝に出した命令を日暮れには改めてしまうがもとの意。




手枷足枷 てかせあしかせ


手枷足枷 てかせあしかせ    
罪人などの行動の自由を奪うため、手や足にはめる昔の刑具のこと。
(転じて)足手まといになるもののたとえ。
人の行動や自由を束縛すること。
「手枷」は罪人の手にはめて手を動かないようにする道具で、
「足枷」も同じく足にはめて歩けないようにする道具。




手前味噌 てまえみそ


手前味噌 てまえみそ      
自慢すること。
自分で自分のことを誉める事。
自分の家でつくった味噌を自慢するがもとの意。
誉め言葉としてはあまり使わない。




天罰覿面 てんばつてきめん


天罰覿面 てんばつてきめん   
悪い行いには天の下す刑罰がすぐに現れる事。
悪い行いにはその報いが必ず現れること。
「天罰」は天の下す罰、
「覿面」は目の当たりにみるの意。




天網恢恢 てんもうかいかい


天網恢恢(天網恢々) てんもうかいかい
悪事を働いた者には必ず天罰が下り
逃がれる事はできないということ。
天の網は目が粗くて大きいようにみえても、
悪人を漏らさずに捕え、取り逃がす事は無いということ。
「天網」は天の網、「恢恢」は広くて大きいさまの意。
「天網恢恢疎(そ)にして漏(も)らさず」の略。



馬耳東風 ばじとうふう


馬耳東風 ばじとうふう     
他人の意見や批評などを気にもかけず聞きながす態度のこと。
「馬耳」は馬の耳、
「東風」は春風の意。
人間にはそよそよと吹く心地よい春風も、
馬の耳にはなにも感じないがもとの意。




反面教師 はんめんきょうし


反面教師 はんめんきょうし   
他人の言動や行動の悪い面を見て、それを自分の能力や
知識を磨くのに用いること。
また、手本にすべきでない悪い面のこと。




匹夫之優 ひっぷのゆう


匹夫之優 ひっぷのゆう     
血気に任せた、ただの向こうみずで思慮に欠けた勇気。
つまらない腕力だけの勇気。
「匹夫」は身分の低い男、ものの道理のわからないつまらない男の意。




百年河清 ひゃくねんかせい


百年河清 ひゃくねんかせい  
どれだけ長く待ち続けても望みがかなえられない事の例え。
いくら待ってもしかたが無い事。
「河」は黄河のことで、常に黄土でにごっている黄河の水が
澄むのを待つという意から、到底実現しない事をいう。




腐敗堕落 ふはいだらく


腐敗堕落 ふはいだらく     
精神が健全な状態ではなくなり、規律や道徳が乱れること。
または、人間が悪い道へふみこんで落ちぶれる事。
「腐敗」は精神が堕落し、だらしなくなること、
「堕落」は道徳心を失うの意。
同意語を重ねて意味を強めたもの。




文人相軽 ぶんじんそうけい


文人相軽 ぶんじんそうけい  
作家や文学者はお互いに認めあわずに、軽蔑しあうこと。
「文人」は文章を書いたり詩を書いたりする人、
「相軽」はお互いに軽んじるの意。
互いに相いれない作家たちの心理をいい当てたことば。




抱薪救火 ほうしんきゅうか


抱薪救火 ほうしんきゅうか  
被害を取りはらおうとして、かえってそれを助長してしまうこと。
「抱薪」は薪(たきぎ)を抱く、「救火」は火を静めるの意。
薪を抱いて火を静めようとしても、
かえって薪に火がついてしまうという意から。
「薪を抱きて火を救う」と訓読する。




放蕩無頼 ほうとうぶらい


放蕩無頼 ほうとうぶらい    
勝手気ままに遊び暮らすこと。
酒や女におぼれ、身をもちくずすこと。
「放蕩」は酒や女におぼれ品行が修まらないこと、
「無頼」は何のとりえもなく無法なことをするの意。




本末転倒 ほんまつてんとう


本末転倒 ほんまつてんとう  
ものごとの大事なことと、そうでもないことが反対になること。
「本末」は、根本と枝葉末節、
「転倒」は、ひっくり返るの意。
物事の根本的な事柄と末端の瑣末(さまつ)なことを、逆転させる事。




無為自然 むいしぜん


無為自然 むいしぜん  
人の手を加えたところがなく、あるがままであること。
「無為」は人の手を加えずに何もしないこと。
「自然」は人間の手が加わっていないもともとの姿の意。
ことさらに知や欲をはたらかせず、自然に生きることをよしとした
「老子」の思想を指す言葉。




無為徒食 むいとしょく


無為徒食 むいとしょく    
仕事も何もしないで、ただぶらぶらと暮らしている事。
何もしないで、いたずらに日を過ごすこと。
「為(な)すこと無(な)くして徒(いたずら)に食す」と訓読する。
徒食は働かずに遊び暮らすの意。 
 



無為無策 むいむさく


無為無策 むいむさく     
ある事態が起こっても、それに備えた対策が何も無い事。
また、何の対策もなく行動もおこせず手をこまねいて
ただ見ているだけであること。
「無為」は何もせずぶらぶらしていること。
「無策」は前もってなんの対策もたてていないの意。




無味乾燥 むみかんそう


無味乾燥 むみかんそう    
内容がつまらなく、何の面白みも味わいもないこと。
「無味」は、味わいがない、
「乾燥」は、うるおいがないの意。
詩文などの文句が修飾を欠き、また意味の内容が乏しいこと。




明哲保身 めいてつほしん


明哲保身 めいてつほしん    
道理に従っていれば、身を保つ事ができるという事。
賢明で道理を良く心得ており、災いにもかかわらず身を守れること。
また、道理に従って身を保とうとする事。
「明哲」は物事の道理に明るい、
「保身」は身を保つの意。
我が身の安全だけを考える人を非難する意味にも用いられる。




名誉毀損 めいよきそん


名誉毀損 めいよきそん    
他人の名誉を傷つける事。
他人の社会的評価を公然と傷つける事。
「名誉」は社会的評価、毀は、そしる、けなす、人を悪く言う意。
「毀損」は「棄損」とも書き、損なうの意。




名誉挽回 めいよばんかい


名誉挽回 めいよばんかい   
いったん失った社会的な評価をもとのように取もどすこと。
「名誉」は、よい評判や誉(ほま)れ、
「挽回」は、元にひきもどすの意。




迷惑千万 めいわくせんばん


迷惑千万 めいわくせんばん  
迷惑このうえないこと。はなはだ迷惑なこと。
「迷惑」は他人のしたことで不快になること、
他人のことで迷う、惑うの意。
「千万」は程度のはなはだしいという意を添える接尾語。




孟母断機 もうぼだんき


孟母断機 もうぼだんき    
学問やものごとを途中でやめてはいけないという教え。
「孟母」は孟子(もうし)の母、
「断」は切ること、
「機」は布を織る機械の意。
「孟母断機の教え」の略。

孟子が学業の途中で、前途を悲観して家に帰った時、
孟子の母は織りかけの布を断ち切って、
学問を中途でやめることはこれと同じことだと、
孟子をさとしたという故事から。
「断機之戒(だんきのいましめ)」ともいう。




油断大敵 ゆだんたいてき


油断大敵 ゆだんたいてき   
注意を怠り油断すると失敗につながるから、常に大きな敵として
警戒すべきであるという戒め。
「油断」は、もとは仏教語で、仏前の灯火の油を断つのは
気がゆるんでいるからだということ、
「大敵」は、大きな敵、つまり失敗のもとの意。
些細な事でも、気をゆるめずに対処しなければいけないという意。




柳緑花紅 りゅうあんかこう


柳緑花紅 りゅうあんかこう   
自然のままであること。
春の景色の美しさを形容する言葉。
または、ものにはそれぞれに個性があるという事のたとえ。
柳は緑色をなすように、花は紅色に咲くように、この世のものは
種々様々に異なっており、それぞれに自然の理が備わっている、
という意。
中国の詩人・蘇軾(そしょく)の詩から。
「柳は緑花は紅/やなぎはみどり、はなはくれない」ともいう。




魯魚之誤 ろぎょのあやまり


魯魚之誤 ろぎょのあやまり  
見た目がまちがいやすい文字や似た文字の誤り。
「魯」と「魚」は字形が似ていて誤りやすいところから。




一寸光陰 いっすんこういん


一寸光陰 いっすんこういん
非常にわずかな時間のこと。
「一寸」は、ごく短いこと、ほんのわずかの意。
「光陰」は、「光」は昼「陰」は夜の意で、時間や月日のこと。
「少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず」の略で、
ほんのわずかな時間も無駄にしてはいけないという戒めのことば。



一寸之虫 いっすんのむし


一寸之虫 いっすんのむし
小さくとも、考えがしっかりしていること。
「一寸」は、約3センチメートルで、わずかな大きさのたとえ。
「一寸の虫にも五分(ごぶ)の魂」の略で、
体長わずか一寸の虫でさえ、
その半分にあたる五分の魂があるという意から、
小さな者や弱い者・貧しい者でも、それ相当の意地や
根性はもっているから、決してあなどってはならないということ。
弱者をあなどることへの戒めや、
自分の意地を示すときなどに使う。




飲河満腹 いんがまんぷく


飲河満腹 いんがまんぷく
自分の分をわきまえ、安らかに暮らすさま。
何事も身分相応に安んじて満足すべきであるということ。
どぶねずみは、広大な黄河の水をいくら頑張って飲んでも、
飲み干すどころか、腹をいっぱいにする以上は飲めない。
人には、それぞれに定まった分があるのだから、
それに満足しなければいけないというたとえ。



殷艦不遠 いんかんふえん


殷艦不遠 いんかんふえん
自分の戒めとなるものは、近くにあることのたとえ。
他の失敗を見て自分の戒めとすること。
「殷」は古代中国の国の名。
「鑑」は鏡で、手本の意。
殷王朝の戒めとなるよい見本は遠くに求めなくても、
すぐ前代の夏王朝の暴政による滅亡があるという意。
戒めとなる失敗の前例は遠くに求めずとも、
身近にあるからこれを戒めとせよということ。
「殷鑑遠からず」と訓読する。




陰徳陽報 いんとくようほう


陰徳陽報 いんとくようほう
めだたない善行は報われるということ。
人知れぬ恩徳をほどこした者は、
目に見えた恩恵を必ず受けるという意。
善行は他人のためや、人に認めてもらうために
するものだけではなく、自分が幸せになるために
必要なことだから、人知れず行なうものだということ。




懲羹吹膾 ちょうこうすいかい


懲羹吹膾 ちょうこうすいかい
失敗したことに懲りて臆病になるさま。
勢いよく熱い吸い物をすすって口にやけどをしたのに懲りて、
冷たいなますや刺し身を食べるにも警戒して吹いてさます。
前の失敗に懲りて必要以上に警戒心を持つことのたとえ。
「羹」は「あつもの」と読み、野菜や魚肉などを入れて作る熱い吸い物。
「膾」は「なます」と読み、魚介類や野菜などを刻み、
酢で味付けした料理。
「羹に懲りて膾を吹く」(あつものにこりてなますをふく)とも読む。




越俎之罪 えっそのつみ


越俎之罪 えっそのつみ
自分の職責を越えて、他人の権限に立ち入る罪。
担当外のことまで手だしをするなど、他人に干渉しすぎること。
越権行為をする罪のこと。
「俎」は、まな板のこと。
中国古代の帝王 堯(ぎょう)が、
賢人の許由(きょゆう)に天下を譲ろうとしたとき、
「人は分を守ることが重要で、たとえ料理人が神に供える料理をうまく作れないからといって、神主がまな板の前に立ち、料理人の仕事に立ち入るようなことはしない」
と言って断ったという故事から。




越畔之思 えっぱんのおもい


越畔之思 えっぱんのおもい
自分の職分を守り、他人に干渉せぬよう心がけること。
「越畔」は田の境界の畔(あぜ)を踏み越えること。
田畑の畔を侵さないように、他人の領域を侵さないことを心がければ、過ちは少ないという意。



得手勝手 えてかって


得手勝手 えてかって
わがままなこと。
他人の気持ちや立場のことは考えず、
自分だけに都合のいいように行動すること。
「得手」は、本来は得意なものの意。
ここでは、わがまま、勝手気ままなこと。




遠慮近憂 えんりょきんゆう


遠慮近憂 えんりょきんゆう
先のことを見据えた対策を立てず、
深い考えや方針のない暮らしをしていると、
必ず身近なところに、さし迫った心配事が起こるということ。
「遠慮」は遠い将来を見通す思慮をもつこと。
「近憂」は身近に迫った心配事の意。
「遠き慮(おもんぱか)り無ければ、必ず近き憂(うれ)い有り」
という孔子のことばに基づく。
行き当たりばったりの行動は、遅かれ早かれかならず
困ることになるので、慎しみなさいということ。




蝸角之争 かかくのあらそい


蝸角之争 かかくのあらそい
気にも留めないほどのきわめて小さな世界での争い。
つまらないことで争うことのたとえ。
また、力のない者同士が争うこと。
蝸牛(かぎゅう/カタツムリ)の左の角の上にいる触氏(しょくし)と、
右の角の上にいる蛮氏(ばんし)とが争ったという寓話から。
「蝸牛角上(かぎゅうかくじょう)の争い」ともいう。




顔厚忸怩 がんこうじくじ


顔厚忸怩 がんこうじくじ
恥知らずのあつかましい者でさえ、さすがに恥ずかしく、
きまりの悪い思いをすること。
恥じ入る色が顔にありありとあらわれることの意。
「顔厚にして忸怩たる有り」の略。
「顔厚」は、恥じる心が顔に表れる意。
また、面の皮が厚い者の意とも解される。
「忸怩」は、恥ずかしく思うさま。
また、恥じて身をちぢめること。
非常に恥じ入ることの謙称。




縁木求魚 えんぼくきゅうぎょ


縁木求魚 えんぼくきゅうぎょ
誤った方法では求めるものを得ることができず、目的も達成できない。
目的にあった方法を取らないと、成果は得られないという意。
不可能なことのたとえ。
また、見当違いの無理な望みを持つこと。
「縁木」は、木によじ登ること。
「求魚」は、魚を捕まえようとすること。
孟子が王に「いまのようなやり方で、いまのような大望をおもちになるのは、まるで木に登って魚をとろうとするようなものです。」
と言ったことばから。
「木に縁(よ)りて魚(うお)を求(もと)む」と訓読する。




邯鄲之歩 かんたんのほ


邯鄲之歩 かんたんのほ かんたんのあゆみ
他人の真似をして結局自分を失うこと。
燕(えん)の国の少年が、趙(ちょう)の都の邯鄲へ行き、
そこで目にした人々の優雅な歩き方をまねたが、
その歩き方を自分のものに出来ないうちに、
自分の本来の歩き方までも忘れてしまい、
腹ばいになって故郷に帰ったという故事から。
むやみに人を真似れば、まねをしたものも、
自分本来のものも忘れ、両方とも駄目になることのたとえ。




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