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逆引き 四字熟語 四文字熟語辞典 > 自然 現象 場所に関する四字熟語



郁郁青青 いくいくせいせい


郁郁青青 いくいくせいせい  
かぐわしい花の香気が満ちあふれ、木々があおあおと茂っていること。
「郁郁」は、香気が盛んなさま、または文化の盛んなさま。
「青青」は、あおあおとしているさま。
  



異国情緒 いこくじょうちょ


異国情緒 いこくじょうちょ  
外国を感じさせる趣(おもむき)や外国のような雰囲気のこと。
エキゾチシズム。
「じょうちょ」は慣用読みで、正しくは「じょうしょ」。




一衣帯水 いちいたいすい


一衣帯水 いちいたいすい   
一筋の帯のような狭い水の流れや狭い海峡の事。
また、そのような狭い川や海をはさんで近接していて、
関係が深いという場合にもつかう。
「衣帯」は、衣と帯のことで、
意味から読めば「いち・いたい・すい」と分けられる。
「いちい・たいすい」と読むのは誤りである。




一牛鳴地 いちぎゅうめいち


一牛鳴地 いちぎゅうめいち  
一頭の牛の鳴き、その声が聞こえるほどの近い距離のこと。
きわめて近い距離をたとえるときに用いる。




一樹之陰 いちじゅのかげ


一樹之陰 いちじゅのかげ
見知らぬ者同士が同じ木陰で休むことなど、この世のあらゆる
関わりは前世からの因縁によるものであるということ。
本来は、「一樹の陰一河(いちが)の流れも他生(たしょう)の縁」に
由来することば。
同じ木陰に宿り、同じ川の水をくむのも、みな前世からの浅からぬ
因縁であるから、おろそかに思ってはいけないの意。




一望千里 いちぼうせんり


一望千里 いちぼうせんり   
見晴らしがよく広広として眺めがいいこと。
野原などが広がり、ひと目で千里の遠くまで見渡せるという意から。




一木一草 いちぼくいっそう


一木一草 いちぼくいっそう  
一本の木や一本の草まですべての意から、
そこにあるものすべてのこと。
また、そこにあるたった一本の木、一本の草というような、
ほんのわずかなもののたとえ。





一葉知秋 いちようちしゅう


一葉知秋 いちようちしゅう
木の葉が一枚落ちることで、秋の来る気配を察するように、
些細な兆しから、大きな動きや後の凋落を予測することのたとえ。
「一葉」は一枚の葉、一枚の葉が落ちること。
「知秋」は秋の訪れに気づくこと。
僅かな兆しや現象から、事の大勢や本質、また、物事の衰亡を
察知することの意。
「一葉落ちて天下の秋を知る」の略。





一陽来復 いちようらいふく


一陽来復 いちようらいふく  
寒い冬が去り、暖かい春が訪れること。
新年が来ること。
悪い事が続いたあと、ようやく良い方向に向かい始める事。
「一陽」は、初めて生じた陽の気のこと、
「来復」は、一度去ったものが再びもどることの意。
もともとは陰暦十一月、もしくは冬至をいう。
易(えき)では、陰暦の十月は陰気で満たされる冷たい月であり、
十一月の冬至になると陽気が再び回復してくるという。




有為転変 ういてんぺん


有為転変 ういてんぺん    
世の中の物事すべては絶えず変化していて、
少しの間もとどまることがない。
また、無常ではかないこと。
「有為」は仏教語で、この世の全ての存在や現象の意。
世の中のうつろいやすいことをいう。




雨奇晴好 うきせいこう


雨奇晴好 うきせいこう    
雨が降っていても、晴れわたっていても、
それぞれに趣(おもむき)があってよい景色であること。




雲合霧集 うんごうむしゅう


雲合霧集 うんごうむしゅう  
雲や霧が一気に生じるように、多くのものが一時に群がり集まる事。
多くの人材が集まってくることをいう。




雲集霧散 うんしゅうむさん


雲集霧散 うんしゅうむさん  
多くのものが跡形もなく消えてしまう事。
雲や霧が、風や日の光によってたちまち消えてしまうことから。
人々が集合と解散を繰り返すことをいう。




行雲流水 こううんりゅうすい


行雲流水 こううんりゅうすい  
空を行く雲と、ながれてとどまらない水。
(転じて)
ものごとに執着せずに、自然のなりゆきに任せて行動すること。
また、諸国を修業して歩く禅僧(雲水)のたとえ。
「行雲」はただよう雲、「流水」は流れる水の意。
悠々とした態度にもいう。



花鳥風月 かちょうふうげつ


花鳥風月 かちょうふうげつ  
自然の美しい風景。
花や鳥や風や月などの自然の風物。
また、自然を鑑賞したり、詩や絵画などをつくる風流な遊びもいう。




旱天慈雨 かんてんじう


旱天慈雨 かんてんじう    
日照り続きに降る恵の雨。
(転じて)
困っている時、救いに恵まれる事のたとえ。
また、待ち望んでいたものが得られること。
「旱天」は「干天」とも書き、
日照り続きで長い間雨が降らないこと。




尭風舜雨 ぎょうふうしゅんう


尭風舜雨 ぎょうふうしゅんう
自然の恵みを順調に受け、世の中が太平であること。
天下太平の世の意。
中国古代の伝説上の聖王、尭と舜の徳政が広く世に
行きわたることを、風雨の恵みにたとえていった。



  

狂瀾怒濤 きょうらんどとう


狂瀾怒濤 きょうらんどとう   
荒れ狂う大波。
物事が激しく乱れて大荒れの状態の例え。
「狂瀾」も「怒濤」も共に荒れ狂う大波の意。




旭日昇天 きょくじつしょうてん


旭日昇天 きょくじつしょうてん  
朝日が天に向かってぐんぐん昇るように、勢力が非常に盛んなさま。
「旭日」は朝日、「昇天」は天に昇るの意。
「旭日昇天の勢い」という形で用いる。




空空漠漠 くうくうばくばく


空空漠漠 くうくうばくばく  
広広として果てしがないさま。
また、ぼんやりとしていてとらえどころのないさま。
仏教語で「空」は実体がないという意。
「空空」は何もないさま、
「漠漠」は広大で遠いさまの意。
  



空中楼閣 くうちゅうろうかく


空中楼閣 くうちゅうろうかく   
根拠のない事。架空の物事。
空中にあらわれる高殿(たかどの)。
また、根拠の無い空想的で現実性の乏しい考えや議論を言う。
「空中の楼閣」は空中に浮かぶ高層の立派な建物の意で、
もとは蜃気楼の現象をさす言葉。
実行や実現の伴わない空理空論をいう。
 



光彩陸離 こうさいりくり


光彩陸離 こうさいりくり  
光が入り乱れてまばゆいばかりに輝き、非常に美しいさま。
「光彩」は、鮮やかな光、
「陸離」は、きらきらと輝いているさまの意。
「光彩」は「光采」とも書く。
  



宏大無辺 こうだいむへん


宏大無辺 こうだいむへん  
非常に広く大きいこと。
ひろびろとして果てしがないこと。
また、そのようす。
「宏大」は「広大」とも書く。
「無辺」は限りのない事。




光風霽月 こうふうせいげつ


光風霽月 こうふうせいげつ   
清々(すがすが)しい事。
雨上がりのさわやかな風と晴れ渡った月。
(転じて)心が清らかで、わだかまりのないこと。
性格が公明で、執着が無くサッパリしているさま。
宋の詩人黄庭堅(こうていけん)が
周敦頤(しゅうとんい)の人柄を評した言葉。
「霽月」は雨上がりの晴れ渡った夜の月。
「光風晴月」とも書く。




古色蒼然 こしょくそうぜん


古色蒼然 こしょくそうぜん   
長い年月を経て古びてる様子。
見るからに古めかしいさま。
「古色」は古びた色合い、
「蒼然」は古くて色あせて見えるようすの意。




壺中之天 こちゅうのてん


壺中之天 こちゅうのてん 
俗世間とかけ離れた別世界。
別天地。ユートピア。仙境。
酒を飲んで俗世間のことを忘れる楽しみをいう。
壺の中の世界がもとの意。

中国河南省の後漢の費長房(ひちょうぼう)が
市の役人のころ、薬売りの老人が、
店が終わると店頭に掛けておいた壺の中に入るのを見て、
費長房も頼んで壺の中に入れてもらう。
するとそこには美しい宮殿楼閣があり、
山海の珍味や美酒が満ちていて、
老人とともに飲食をして出てきたという故事から。




五風十雨 ごふうじゅうう


五風十雨 ごふうじゅうう   
気候が順調な事。
世の中が平穏無事であることのたとえ。
「五日一風、十日一雨」といい、五日ごとに風が吹き、
十日ごとに雨が降るという意から、
農作物の成育に都合がよい天候。
転じて、世の中が平穏で無事な事。




三寒四温 さんかんしおん


三寒四温 さんかんしおん   
冬季に、寒暖がほぼ交互に起こる事。
寒い日が三日続くと、その後は四日ほど暖かい日が続き、
これが規則的に繰り返される気象現象。
もともとは中国や朝鮮など大陸地方の言葉。
少しずつ暖かくなる気候にもいう。




山紫水明 さんしすいめい


山紫水明 さんしすいめい   
山水(自然)の景色が非常に美しい事。
日の光のなか、山は紫にかすみ、
流れる川は清らかに澄みきっていること。
京都の東山と加茂川をさしていう事もある。




疾風迅雷 しっぷうじんらい


疾風迅雷 しっぷうじんらい 
強い風と激しい雷。
(転じて)
行動が極めて素早く激しい事。
事態が急変するさま。
または、強い軍勢の攻撃の形容にも使われる。
「疾」も「迅」も速い激しいの意。






疾風怒濤 しっぷうどとう


疾風怒濤 しっぷうどとう 
強い風とさかまく荒波。
「疾風」は、はやて、「怒濤」は荒れ狂う大波の事。
時代や社会がめまぐるしく変化し、
国家の形勢が大きく転換する時代を形容するときに使う。
シュトルム・ウント・ドラングの訳語
(18世紀後半ゲーテを中心に、
当時の啓蒙主義に反対し自然や感情を重んじた、
ドイツで起こった文学革新運動)




春日遅遅 しゅんじつちち


春日遅遅 しゅんじつちち  
春の日はうららかで、のどかなこと。
また、春の日の暮れるのが遅い事。
春日は春の日差し、明るい春の太陽。
遅遅は日の長いさま、ゆっくりすすむことの意。




春風駘蕩 しゅんぷうたいとう


春風駘蕩 しゅんぷうたいとう   
春の風がのどかに吹く、のんびりとしたさま。
また、のどかな春景色から 転じて、
のんびりとして温和で穏かな人柄のたとえ。




深山幽谷 しんざんゆうこく


深山幽谷 しんざんゆうこく  
人里離れた奥深い山山と奥深く静かな谷間。
人があまり行かないような、
ひっそりとした静かな奥山の自然をいう。
山水画がそのイメージになる。
「幽」は奥深く、または静かの意。




人跡未踏 じんせきみとう


人跡未踏 じんせきみとう  
いまだかつて人が足を踏み入れたことがないこと。
人の行き来がまったくなかったこと。
「人跡」は、人の足跡、「未踏」は、いまだ踏まずの意。




森羅万象 しんらばんしょう


森羅万象 しんらばんしょう   
宇宙に存在するいっさいのもの、あらゆる現象のこと。
「森羅」は、果てしない森のように樹木がかぎりなく並び連なること、
「万象」は、さまざまな有形物の意。
万象は「ばんぞう」「まんぞう」とも読む。




水天彷彿 すいてんほうふつ


水天彷彿 すいてんほうふつ  
遠い沖合いの水と空との境界が、はっきり見分けられないこと。
水と空が一つに見えるさま。
「彷彿」は「髪髴」とも書き、ぼんやりしてはっきりしないさまの意。




青天白日 せいてんはくじつ


青天白日 せいてんはくじつ  
よく晴れあがり太陽が輝くような天気。
(転じて)心にやましいことがまったくないこと。
また、罪の疑いがはれ無罪が明らかになること。



青天霹靂 せいてんへきれき


青天霹靂 せいてんへきれき   
青く晴れた空から、突然鳴り出す雷の意から。
突発的なできごと。急に起きた思いがけない大事件のたとえ。
不意打ちを食らう、と言う意にも使われる。
「霹靂」は、激しく空を裂くような雷鳴のさま。
本来の意味は、筆の勢いが激しく躍動するさまのたとえ。
青天はよく晴れわたった青空で、「晴天」とも書く。



千紫万紅 せんしばんこう


千紫万紅 せんしばんこう  
さまざまな花の色。
また、色とりどりの花が咲き乱れること。
彩が豊かな場合にも使う。
「千・・・万・・・」は数が多いの意。


草根木皮 そうこんぼくひ


草根木皮 そうこんぼくひ   
草の根と樹木の皮。
とくに漢方薬として用いるもの。
木皮は「もくひ」とも読む。
  


大廈高楼 たいかこうろう


大廈高楼 たいかこうろう   
大きく高い建物のこと。
また、それらが立ち並んでいる様子。
豪壮で立派な家。
「廈」は屋根をふいた家の事で、
「大廈」は大きな家屋敷の意。
「楼」は二階建て以上の建築物のことで、
「高楼」は高く層を重ねている建物の意。
「高楼大廈こうろうたいか」ともいう。




断崖絶壁 だんがいぜっぺき


断崖絶壁 だんがいぜっぺき   
切り立った険しい崖。
断崖も絶壁も、共に切り立った崖の意で、
重ねて意味を強めたもの。
とても危険な状況を表すたとえにも用いられる。




長汀曲浦 ちょうていきょくほ


長汀曲浦 ちょうていきょくほ  
長く続くなぎさと、曲がりくねった海岸線のこと。
「長汀」は長く続いた汀(みぎわ)。
「曲浦」は曲がりくねった浜辺。
景色のよい海辺の事をいう。
  


津津浦浦 つつうらうら


津津浦浦 つつうらうら  
あらゆる所の港と海岸。
(転じて)全国各地のこと。
全国いたるところ。
「津」は港、「浦」は海岸の意。
「つづうらうら」とも読む。



九十九折 つづらおり


九十九折 つづらおり  
幾重にも折れ曲がっている山道。
くねくねと折れ曲がった道の事。
もともとは「葛折り」と書き、
植物の葛(クズ/つづら)のつるのように
折れ曲がって伸びていることから。



天地開闢 てんちかいびゃく


天地開闢 てんちかいびゃく
この世の始まり。
世界の始めのこと。
「開闢」は開き分かれるの意。
混じり合っていた天と地が、上下二つに裂けて形成されて、
この世が始まったとされる中国古代の思想にもとずく。




天変地異 てんぺんちい


天変地異 てんぺんちい   
自然界でおこる変わった出来事、とくに自然災害をいう。
天地自然の中で起こる大異変や災害のこと。
天変は日食・月食・雷・暴風・豪雨など天空の異変、
地異は地震・噴火・洪水・津波など大地の異変をいう。




白砂青松 はくしゃせいしょう


白砂青松 はくしゃせいしょう  
白い砂と青々とした松。
海辺などの、白い砂浜に青々とした松の並ぶ風情のこと。
美しい海岸の景色のたとえ。
「白砂」は「白沙」とも書き、「はくさせいしょう」とも読む。




百花斉放 ひゃっかせいほう


百花斉放 ひゃっかせいほう 
多くの花がいっせいに咲く事。
(転じて)
さまざまな学問や芸術が一同にして
自由に盛んに行われているさま。 
「百」は多数「斉」は平等「放」は開かれるの意。




百花繚乱 ひゃっかりょうらん


百花繚乱 ひゃっかりょうらん  
数多くの花が一度に咲き乱れ華やかなさま。
(転じて)風俗が華やかなこと。
また、すぐれた人物や立派な業績が一時期に現れる事。
繚乱は「撩乱」とも書き、花が乱れるの意。



風光明媚 ふうこうめいび


風光明媚 ふうこうめいび  
景色がきれいで美しい事。
自然の眺めがすぐれて美しい事。
「風光」は風景、景色、
「明媚」は山水の景色が清らかで明るく美しいの意。




武陵桃源 ぶりょうとうげん


武陵桃源 ぶりょうとうげん   
俗世間を離れた平和な別天地。
ユートピア・パラダイス・理想郷・桃源郷のこと。
陶淵明(とうえんめい)の「桃花源記」に記された隠れ里。

中国の伝説に、武陵の漁師が林に迷い込み、
川をさかのぼり洞穴を通り抜けると、
桃の花の咲く理想郷を見つけた。
そこには奏の乱を逃れた人々が
世の変遷(へんせん)を数百年間も知らずに、
平和に暮らす里だったという故事から。
理想郷を桃源郷というのはここからきている。
 



暮色蒼然 ぼしょくそうぜん


暮色蒼然 ぼしょくそうぜん   
夕暮れ時のあたりが薄暗いさま。
夕方の景色がぼんやりと青く薄暗いということ。
「暮色」は夕方の薄暗い色合い。
「蒼然」は薄暗くぼんやりしたさま、色が青いさま。




無為自然 むいしぜん


無為自然 むいしぜん  
人の手を加えたところがなく、あるがままであること。
「無為」は人の手を加えずに何もしないこと。
「自然」は人間の手が加わっていないもともとの姿の意。
ことさらに知や欲をはたらかせず、
自然に生きることをよしとした「老子」の思想を指す言葉。




名所旧跡 めいしょきゅうせき


名所旧跡 めいしょきゅうせき  
景色がすぐれた有名な場所や歴史のある遺跡のこと。
「名所」は名高い所、「旧跡」は「旧蹟」とも書き、
歴史上の事件や建造物などがあった古い跡の意。




柳暗花明 りゅうあんかめい


柳暗花明 りゅうあんかめい   
春の野が花や緑に満ちて、美しい景色にあふれること。
柳が茂って暗く、花が明るく咲くという、
春の山水の美しい景色を表現したもの。
(転じて)
花柳界・遊郭・色町の意にも使われる。




柳緑花紅 りゅうあんかこう


柳緑花紅 りゅうあんかこう   
自然のままであること。
春の景色の美しさを形容する言葉。
または、ものにはそれぞれに個性があるという事のたとえ。
柳は緑色をなすように、花は紅色に咲くように、
この世のものは種々様々に異なっており、
それぞれに自然の理が備わっている、という意。
中国の詩人・蘇軾(そしょく)の詩から。
「柳は緑花は紅/やなぎはみどり、はなはくれない」ともいう。




雨不破塊 あめつちくれをやぶらず


雨不破塊 あめつちくれをやぶらず
雨が静かに降って大地にしっとりとしみこみ、
土くれさえもこわさないこと。
(転じて)
世の中が平和で、静かによく治まっていること。
天下太平であることのたとえ。




鏡花水月 きょうかすいげつ


鏡花水月 きょうかすいげつ
目に見えるだけで手に取れないもののたとえ。
はかない幻のたとえ。
直感で感じとったり、悟ったりして把握される物事のたとえ。
鏡に映った花と水に映った月は、どちらも見えるだけで
実際に手にすることのできないことから、
実体がなく、掴みどころのないもののことをいう。
また、奥深い味わいの小説・詩歌など、
感知できてもことばで言い尽くせない優れた趣のたとえにも使われる。




草葉之陰 くさばのかげ


草葉之陰 くさばのかげ
葬られている草の葉の下という意味で、墓の下。
墓所のこと。
また、黄泉(よみ)の国。あの世をいう。
用例で「草葉の陰から見守る」とは、
「あの世から見守る」という意味で、
「見守る人」が生きてる場合には使えない。
ひそかに応援する気持ちを伝えることばで、
「陰ながら見守る」と混同しないように注意が必要である。
「草葉」を「草場」、「陰」を「影」と書き誤らないように注意する。




高山流水 こうざんりゅうすい


高山流水 こうざんりゅうすい
絶妙な音楽。
すぐれて巧みな演奏のたとえ。
中国春秋時代、琴の名手 伯牙(はくが)が、
高い山を想って琴を弾くと、友人の鐘子期(しょうしき)が
「泰山の如し」と評し、流水を想って弾くと
「江河(長江と黄河)の如し」と評したという故事から。
また、己をよく知る真の友人のこと。
高い山と流れる水のことから、
清らかな自然の意に用いられることもある。




黄塵万丈 こうじんばんじょう


黄塵万丈 こうじんばんじょう
黄色い土ぼこりが強い風に吹かれて土煙となり、
もうもうと空高く舞い上がっているさま。
「黄塵」は、黄色い土煙、砂煙のこと。
「丈」は、長さの単位で、一丈は約三・○三メートル。
「万丈」は、非常に高いことの意。
黄色い土煙が万丈の高さになること。




極楽浄土 ごくらくじょうど


極楽浄土 ごくらくじょうど
仏教用語の一つで、この世でよいことをした人が死後行くところ。
また非常に清らかで、あらゆる苦しみから解放されて
幸福に満ちている世界のこと。
阿弥陀仏(あみだぶつ)がいるとされる安楽な理想の世界。
「極楽」は仏教で西へ十万億の仏国土を行った先にあり、
「浄土」は悟りの境地に至った仏や菩薩が住む清らかなところである。




刻露清秀 こくろせいしゅう


刻露清秀 こくろせいしゅう
秋の景色のすがすがしいさま。
秋の気候のすがすがしい形容。
「露」は、むき出しになることで、
「刻露」は、木の葉が落ちて、
角ばった山肌があらわになっていることをいう。
「清秀」は、秋の山が澄んで清く、眺めの秀麗なこと。




五穀豊穣 ごこくほうじょう


五穀豊穣 ごこくほうじょう
穀物などの農作物が豊かに実り、豊作になること。
「五穀」とは、米・麦・豆・粟(あわ)・黍(きび)の
五種類の主要な穀物をさす。
また穀物の総称としても用いる。
「豊饒」は作物などが豊かに実ること。




古今東西 ここんとうざい


古今東西 ここんとうざい
いつまでも、どこまでもということ。
「古今」は、時間の流れのことで、昔から今まで、いつまでもの意。
「東西」は、空間の広がりのことで、あらゆるところの意。




曠日弥久 こうじつびきゅう


曠日弥久 こうじつびきゅう
なすことなく、長い月日をむなしく費やすこと。
また、むだに時間を過ごしてだらだらと物事を長引かせること。
「曠日」は、することもなく月日をおくること。
「弥久」は、長きにわたること。
「曠日持久(こうじつじきゅう)」ともいう。




歳寒三友 さいかんさんゆう


歳寒三友 さいかんさんゆう
一年のうちの最も寒い冬の季節に友とすべき三つのもの。
松と竹と梅の三種の植物のことで、
中国の文人画で好まれる画題となっている。
「歳寒」は、冬の寒い季節。(転じて)苦難やつらい時代の意味で、
その中で節義を曲げない友のような植物のこと。
冬でも松と竹は緑を失わず、梅は香り高い花を咲かせるところから。
これらは「清廉潔白・節操」という、
文人の理想を表現したものと認識された。
また、梅・水仙・竹をいう場合もある。




自然淘汰 しぜんとうた


自然淘汰 しぜんとうた
自然界で、生態的条件や環境に適応できる生物は残り、
そうでないものは死滅する現象のこと。
ダーウィンが進化論の中で説いたことば。
適者生存の原則で比喩的に用いる。
また、時代の流れと共に優良なものが残り、
劣悪なものは滅びるということ。
「淘汰」は、選び分ける。悪いものを捨て、よいものを取ること。
「自然淘太」とも書く。




日月星辰 じつげつせいしん


日月星辰 じつげつせいしん 
空のこと。
太陽と月と星の天体。
空を運行するものの意。
「日月」は、太陽と月のこと。
「星辰」は、星のこと。
「にちげつせいしん」「にちがつしょうしん」とも読む。




秋高馬肥 しゅうこうばひ


秋高馬肥 しゅうこうばひ
さわやかな気持ちのよい秋の季節をいう。
「秋高くして馬肥ゆ」とも読む。
一年のうち、秋の空は高く澄みわたり、気候もよいので、
馬の食欲が盛んになってよく肥え、たくましくなるの意。
日本では、行楽の好季節という意味によく使うが、
中国では北方の騎馬民族の匈奴(きょうど)が、
たくましくなった馬に乗り、意気があがって
国境から大挙して略奪にやってくる季節なので、
警戒するようにとの意味であった。




春宵一刻 しゅんしょういっこく


春宵一刻 しゅんしょういっこく
春の夜の美しさ、心地よさをいう。
「春宵一刻値千金(しゅんしょういっこくあたいせんきん)」の略。
春の宵は趣深く、そのひとときが千金にも値するほど
貴重なものであること。
「刻」は、昔の時間の単位で、
「一刻」は、ほんのわずかな時間の意。




水天一碧 すいてんいっぺき


水天一碧 すいてんいっぺき
水と空とが一続きになって、一様に青々としていること。
よく晴れ渡った海上の水の青と空の青とが一つになって、
境い目がわからないこと。
「水天」は、水面と空、海と空。
「一碧」は、一面に青い色となること。
「碧」は、深い青色、あおみどり。




晴好雨奇 せいこううき


晴好雨奇 せいこううき
晴天でも雨天でも景観がすばらしいことのたとえ。
晴れた日には好景を示し、雨の日には奇観(きかん)を呈する。
どんな天気であっても、晴れた日は景色が美しいし、
雨が降れば降るで趣を異にしてすばらしいこと。
「晴好」は、晴れの時に美しい。
「奇」は、普通と違って抜きん出てすばらしい意で、
「雨奇」は、雨のときにすばらしい。
「雨奇晴好(うきせいこう)」ともいう。




雪月風花 せつげつふうか


雪月風花 せつげつふうか
四季折々の美しい自然景観のこと。
春夏秋冬の自然の景色のこと。
また、それを観賞し、詩歌をつくり、
俳句をよむ風流な生活のさま。
現実の生活から離れた、風雅な境地をいう。
「風花雪月(ふうかせつげつ)」ともいう。




弾丸黒子 だんがんこくし


弾丸黒子 だんがんこくし
きわめて狭い、大変小さな土地のこと。
「弾丸」は、中国で昔小鳥などを捕るのに使われてた、
弓で飛ばす球形のはじき玉のこと。
「黒子」は、ほくろのこと。
(転じて)
はじき玉やほくろのように、非常に狭い土地のたとえ。




中秋名月 ちゅうしゅうのめいげつ


中秋名月 ちゅうしゅうのめいげつ
八月十五夜の美しい月のこと。
「中秋」は、旧暦(太陰暦)8月15日。
旧暦では、十五夜は必ず望月(もちづき)、つまり満月となる。
日本にはこの満月を観賞する風習(月見)がある。
一年十二回の満月のうちでも、秋(七月・八月・九月)が美しいとされ、
とりわけ初秋(孟秋・七月)・晩秋(季秋・九月)よりも
中秋(仲秋・八月)は名月と謳(うた)われている。




輭紅塵中 なんこうじんちゅう


輭紅塵中 なんこうじんちゅう
華やかで、にぎやかな都会の様子。
「輭紅」は、やわらかい花びらから、華やかな都会の意。
「塵中」は、車馬の舞い上げる塵やほこりから、都会の雑踏の意。
(転じて)華やかでにぎやかな都会の雑踏。




月盈則食 つきみつればすなわちしょくす


月盈則食 つきみつればすなわちしょくす
(月盈つれば則ち食す)

月は満月になると、その後は必ず欠けてゆくことから、
物事は盛りに達すると必ず衰(おとろ)え始めるものである。
栄華を誇って驕り高ぶることへの戒めのことば。
「盈」は「満」とも書き、
「月盈則虧(月盈つれば則ち虧(か)く)」ともいう。




天災地変 てんさいちへん


天災地変 てんさいちへん
自然現象によってもたらされる災害や異変。
暴風雨・落雷・地震・洪水・津波など。
天変地異のこと。




普天率土 ふてんそっと


普天率土 ふてんそっと
世界のいたる所という意。
天が地上を覆う限りの広い所と、地の続く限りの所。
すべての天地。全世界を意味することば。
「普」は、広く行きわたる、「率」は、したがう。
また、「天下を治める王」の意もある。




不毛之地 ふもうのち


不毛之地 ふもうのち
穀物や草木が生えない土地。
耕作に適さない荒れた土地。
また、よい結果や成果が出ない地域のことにもいう。
「不毛」は、土地がやせていて作物ができないこと。




墳墓之地 ふんぼのち


墳墓之地 ふんぼのち
先祖代々が住んできた土地のこと。
先祖の墓がある土地、(転じて)故郷のこと。
また、そこで生涯を終え、
骨を埋めようと決めている土地にもいう。
「墳」は、盛り土のある墓所、
「墓」は、盛り土のない墓所のこと。




別有天地 べつゆうてんち


別有天地 べつゆうてんち
俗世間のほかにある理想的な世界。
また、大自然の風景が素晴らしく別世界にいるようなこと。
「別に天地有り(べつにてんちあり)」と訓読する。
「別天地」の語はここから。




豊年満作 ほうねんまんさく


豊年満作 ほうねんまんさく
農作物が豊かに実り、十分な収穫があること。
「年」は「稔」と同じく「みのり」で、
「豊年」は、穀物の収穫の多いこと。
「満作」は、作物が十分に実ること。
特に稲作についていう。




羊腸小径 ようちょうしょうけい


羊腸小径 ようちょうしょうけい
くねくねと曲がった長い小道のこと。
羊の腸のように山道などが曲がりくねっていること。
「羊腸」は、羊のはらわた。
「小径」は、小道。




落花啼鳥 らっかていちょう


落花啼鳥 らっかていちょう
自然の風情のこと。
春の自然を表すことばで、風流な味わいのこと。
「落花」は、花が散ること。
「啼鳥」は、鳥の鳴き声。
あちらこちらで鳥のさえずる声が聞こえ、
花はどれほど散ったことだろうという、
晩春の寂しげな自然の風景のこと。




落花流水 らっかりゅうすい


落花流水 らっかりゅうすい
落ちる花には流水に浮かびたいという情があれば、
流れゆく水にも花を浮かべて流れたいという情があり、
それぞれの心情を男と女に移し変えて、
男に女を思う情があれば、女にもまた男を慕う情の生ずることで、
互いに気持ちが通じ合い、相思相愛の状態にあること。
落ちた花が水に従って流れる情景から、晩春の景色のたとえ。
(転じて)物事の衰退や、人が落ちぶれる意にもいう。
また、時がむなしく過ぎ去るたとえ。別離のたとえにもいう。




立錐之地 りっすいのち


立錐之地 りっすいのち
非常にせまい場所のこと。
わずかばかりの空地。
錐(きり)を立てられるだけのせまい場所という意。
「立錐の余地」ともいう。
一般に「立錐の地もない」というふうに否定の形で用いる。




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