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逆引き 四字熟語 四文字熟語辞典 > 運命 人生 境遇に関する四字熟語



安宅正路 あんたくせいろ


安宅正路 あんたくせいろ  
安らかな住居と進むべき道の事。
「安宅」は住み心地のよい家。
「正路」は正しい道・人の踏み行うべき正しい道。
孟子曰く、「仁は天の尊爵(そんしゃく)なり、人の安宅なり、義は人の正路なり」から。
仁義の道をいう。




衣錦之栄 いきんのえい


衣錦之栄 いきんのえい  
立身出世して、故郷に帰ること。
富と地位を得て、錦を着て故郷に帰る名誉の事。
錦は非常に高価な衣服であることから、成功して帰る場合に使う。




一期一会 いちごいちえ


一期一会 いちごいちえ  
生涯にただ一度の出会いをいう。
一期は、生まれてから死ぬまで、一生の意。
一会は一度の集まり、または出会いの意。
茶道の心得から出た言葉で、茶会にのぞむ時は、その機会は一生に一度であると思って、主客とも互いに誠意を尽くしなさいと教えている。




一蓮托生 いちれんたくしょう


一蓮托生 いちれんたくしょう  
仲間と物事の善意にかかわらず、行動や運命を共にすること。
夫婦や親子などが死後までも変わらない愛情を持ち合うこと。
もとは仏教で、死後、極楽浄土の同じ蓮華の上で生まれることをいう。
一蓮は同じ蓮の花、托生は生をゆだねるの意で、「託生」とも書く。



一死報国 いっしほうこく


一死報国 いっしほうこく
一命を捨てて国のために尽くすこと。
わが身を顧(かえり)みずに、国家のために働くこと。
「一死」は、一命をなくすこと。
「報国」は、国恩に報いるために尽くすこと。





一世一代 いっせいいちだい


一世一代 いっせいいちだい  
一生のうちただ一度の事。
本来は歌舞伎俳優や能役者が、引退前に得意の芸を演じる事。




雲蒸竜変 うんじょうりゅうへん


雲蒸竜変 うんじょうりゅうへん  
英雄や豪傑がチャンスを得て、世に出る事のたとえ。
雲が群がり起こるのに乗じて、ヘビが竜となって昇天するという意から。



運否天賦 うんぷてんぷ


運否天賦 うんぷてんぷ  
運を天にまかせる事。
運があるかないか、人の吉凶は天の力によって決まるという意。
運否は好運と非運、運不運、天賦は天が与えるものの意。



栄枯盛衰 えいこせいすい


栄枯盛衰 えいこせいすい
栄えたり衰えたりすること。
今栄えているものでも必ず衰える時が訪れるという、
人生の無常を意味することば。
「栄枯」は草木が生い茂ったり、枯れたりするの意。



曳尾塗中 えいびとちゅう


曳尾塗中 えいびとちゅう    
仕官して束縛されるより、たとえ貧しくても自由に生きる
ことを望むことをいう。
荘子が、亀にとっては死んでその骨を尊ばれるより、
むしろ生きて尾を泥の中に引きずっているほうがよい、
というたとえを引いて仕官を断ったという故事から。
「曳尾」だけでも同じ意。
「塗中」は泥の中のこと。
「尾を塗中に曳く」と訓読する。



会者定離 えしゃじょうり


会者定離 えしゃじょうり    
出会った者は、生別、死別を問わず、
いつか必ず別れ離れになる運命にあるということ。
世の中の無常を表すことばで、仏教語。
「定」は必ずの意。
 



佳人薄命 かじんはくめい


佳人薄命 かじんはくめい    
美人はとかく不幸であるということ。
また、病弱で短命な者が多いということ。
「佳人」は美しい女性、
「薄命」は運命に恵まれないという意。
美人は運命に恵まれずとかく不幸になりがちであるの意。



臥竜鳳雛 がりょうほうすう


臥竜鳳雛 がりょうほうすう 
非常に優れた能力を持っているのに、
世の中には知られていない大人物と、
将来大人物になる事を嘱望されている少年の事。
「臥竜」は横になって眠っている竜、
「鳳雛」は鳳凰(ほうおう/中国神話の伝説の鳥)のひなの意。
「臥竜」は(がりゅう)とも読む。

中国の三国時代、人物鑑定で有名な司馬徽(しばき)が、
諸葛亮(しょかつりょう/孔明こうめい)を「臥竜」にたとえ、
龐統(ほうとう/士元しげん)を「鳳雛」にたとえたことから。
その才能を認められた二人はのちに、
蜀(しょく)の初代皇帝・劉備(りゅうび/玄徳げんとく)に召し抱えられ、有能な軍師となった。




閑雲野鶴 かんうんやかく


閑雲野鶴 かんうんやかく    
なにものにも束縛されず、のんびり自然を楽しみながら
暮らす境遇をいう。
「閑雲」は静かに空に浮かぶ雲、
「野鶴」は原野に遊ぶツルの意。



九死一生 きゅうしいっしょう


九死一生 きゅうしいっしょう  
十の内、死が九分、生が一分の状況で、絶望的な状態のこと。
また、ほとんど助かる見込みのない状態から、かろうじて命拾いをすること。
「九死」は、ほとんど死を避けがたい危険な場合の意で、
そこから奇跡的に助かった場合には、「九死に一生を得た」という形で用いる。



共存共栄 きょうそんきょうえい


共存共栄 きょうそんきょうえい 
互いに敵対することなく助け合って生存し、ともに栄えること。
「共存」は「きょうぞん」とも読み、
二つ以上のものが敵対することなく存在すること。
共に存在し共に繁栄することの意。


跼天蹐地 きょくてんせきち


跼天蹐地 きょくてんせきち   
世間をはばかって暮らすこと。
肩身を狭くして暮らすことのたとえ。
また、恐れおののいてびくびくすること。
ひどく恐れて身の置き所のないこと。
「跼」は「局」とも書き、うずくまる、
「蹐」は音を立てないように差し足でそっと歩くという意。
「天に跼(せくぐま)り、地に蹐(ぬきあし)す」と読み、
天は高いにもかかわらず背をかがめ、
地は厚いのにそっと抜き足をするということ。
 



君子三楽 くんしさんらく


君子三楽 くんしさんらく    
君子の三つの楽しみのこと。
第一は、父母が健在で兄弟姉妹も無事に暮らしていること。
第二は、自分の行いが天にも人にも恥じるところがないこと。
第三は、天下の英才を集めて教育すること。
この三つをいう。



形影相弔 けいえいそうちょう


形影相弔 けいえいそうちょう  
ひとり身で寂しく暮らすさま。
自分と自分の影とが互いにようすを慰めあう、というのがもとの意。
「形影」は肉体とその影、「弔」はあわれむの意。
「形影相弔(けいえいあいとむら)う」と訓読する。


鶏口牛後 けいこうぎゅうご


鶏口牛後 けいこうぎゅうご   
大きい組織のなかで人の下にいるよりも、
小さい組織のなかでもいいからトップになるべきだというたとえ。
「鶏口」はニワトリの口で、小さな組織の長のたとえ、
「牛後」は牛の尻で、大きな組織の末端、
または権力のある人の後ろにつき従うことのたとえ。
「鶏口となるも、牛後となるなかれ」ともいう。


乾坤一擲 けんこんいってき


乾坤一擲 けんこんいってき   
運命をかけて、いちかばちかの勝負すること。
「乾坤」はサイコロの奇数と偶数の目で天と地のこと、
「一擲」はサイコロを投げて勝負することの意。



行雲流水 こううんりゅうすい


行雲流水 こううんりゅうすい  
空を行く雲と、ながれてとどまらない水。
(転じて)
ものごとに執着せずに、自然のなりゆきに任せて行動すること。
また、諸国を修業して歩く禅僧(雲水)のたとえ。
「行雲」はただよう雲、「流水」は流れる水の意。
悠々とした態度にもいう。



孤城落日 こじょうらくじつ


孤城落日 こじょうらくじつ   
勢いが衰えたり、助けも来なくて心細いさま。
「孤城」は遠く離れて孤立し、援軍の来るあてもない城、
「落日」は、まさに沈もうとしている夕日の意。
孤立無援の城に、沈みゆく夕日がさしている、非常に心細い
有様のたとえ。



胡蝶之夢 こちょうのゆめ


胡蝶之夢 こちょうのゆめ    
夢と現実との区別がつかず判然としないことのたとえ。
また、人生のはかないことのたとえ。
「胡蝶」はチョウのこと。
中国の戦国時代、荘子は蝶となった夢を見たが、
覚めたあとも自分が夢で蝶になったのか、
蝶が夢見ていまの自分になっているのか疑ったという故事から。



克己復礼 こっきふくれい


克己復礼 こっきふくれい    
自分の欲望をおさえて、社会の規範や礼儀にかなった行動をとること。
「克己」は己の欲望に勝つこと、
「復礼」は礼の道に従うことの意。
「己(おのれ)に克(か)ちて礼を復(ふ)む」と訓読する。
「仁」について、孔子が弟子の顔淵(がんえん)に答えたことば。



孤立無援 こりつむえん


孤立無援 こりつむえん     
ひとりぼっちで、周囲からの助けがないこと。
だれひとり助けてくれる仲間がいないこと。
「孤立」は、たった一人で頼るものがないこと、
「無縁」は、助けてくれる人がいないの意。



自給自足 じきゅうじそく


自給自足 じきゅうじそく    
自分に必要なものを他から求めないで、すべての物を
自らの手でつくってまかなうこと。
「自給」は、自分でみずからに供給する、
「自足」は、みずからの必要を満たすの意。


子子孫孫 ししそんそん


子子孫孫 ししそんそん     
子孫の末の末まで。末代まで。子孫代々。
「子孫」を重ねて意味を強めたことばで、子孫の続くかぎりの意。


四面楚歌 しめんそか


四面楚歌 しめんそか      
周りを敵に囲まれ孤立していて、助けがないこと。
また、周りがすべて敵や反対者ばかりで、味方がいないこと。
楚(そ)の項羽(こうう)は劉邦(りゅうほう/漢の高祖)と
天下を争い敗れた。
垓下(がいか)で夜中に四方を囲む漢軍の陣から、
項羽の故郷である楚の歌が流れてくるのを聞き、敵の作戦とは
知らずに「楚の人人はすでに漢に降伏したのか」と驚き嘆いた
という故事から。


弱肉強食 じゃくにくきょうしょく


弱肉強食 じゃくにくきょうしょく 
弱い者が強い者に食われてしまうこと。
また、強い者が弱い者を滅ぼし、強い者だけが栄えること。
「弱の肉は強の食なり」と訓読する。
弱者の犠牲をもって強者が繁栄すること。



奢侈淫佚 しゃしいんいつ


奢侈淫佚 しゃしいんいつ  
贅沢な暮らしにふけり、不道徳でしまりのない行いを楽しむ事。
「奢侈」はおごるの意で、必要以上の、また分限を越えた
生活をすること。
「淫佚」は「淫逸」とも書き、男女間のみだらなこと、遊興にふけるの意。



出処進退 しゅっしょしんたい


出処進退 しゅっしょしんたい  
事にあたっての身のふり方。
官に仕えるか民間に退くか。
また、現在の役職・地位にとどまるか、
退職するかという選択を迫られた場合にも用いる。
 



盛者必衰 じょうしゃひっすい


盛者必衰 じょうしゃひっすい  
勢いの盛んな者も、いつかは必ず衰えほろびるということ。
仏教の人生観で、この世の無常をいうことば。
「盛者」は「しょうじゃ」「しょうしゃ」とも読み、権威の盛んな人の意。
『平家物語』には「沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、
盛者必衰の理(ことわり)をあらわす」とある。



生者必滅 しょうじゃひつめつ


生者必滅 しょうじゃひつめつ  
この世で生きている者は、いつか必ず死ぬということ。
人生の無常をいう。
「生者」は「せいじゃ」「しょうしゃ」とも読み、
生きている者、命ある者の意。



人生行路 じんせいこうろ


人生行路 じんせいこうろ    
人がこの世に生きていく道のこと。
人間の一生にはさまざまな起伏があるということ。
世渡りのこと。
「行路」は道、旅路のこと。
人生を旅にたとえたことば。




酔生夢死 すいせいむし


酔生夢死 すいせいむし     
何もしないで、むだに一生を終えること。
酒に酔ったように生き、夢見心地で死ぬという意から。
後世に残るような仕事や、
意義のある仕事を何もしないような場合にいう。



晴耕雨読 せいこううどく


晴耕雨読 せいこううどく    
晴れた日は田畑を耕して働き、雨の日は家の中で読書を楽しむこと。
悠悠自適の生活をいう。
自然と共に気ままに暮らす、理想的な老後の生活にもたとえられる。



青天白日 せいてんはくじつ


青天白日 せいてんはくじつ  
罪の疑いがはれ無罪が明らかになること。
また、心にやましいことがまったくないこと。
もとは、よく晴れあがり太陽が輝くような天気の意。



青天霹靂 せいてんへきれき


青天霹靂 せいてんへきれき   
突発的なできごと。
急に起きた思いがけない大事件のたとえ。
青く晴れた空から、突然鳴り出す雷の意。
不意打ちを食らう、と言う意にも使われる。
「霹靂」は、激しく空を裂くような雷鳴のさま。
本来の意味は、筆の勢いが激しく躍動するさまのたとえ。
「青天」は、よく晴れわたった青空で、「晴天」とも書く。



草莽之臣 そうもうのしん


草莽之臣 そうもうのしん    
国に仕えていない民間の人のこと。在野の人。
また、自分をへり下っていうことば。
「草莽」は「そうぼう」とも読み、くさむらのことで、
転じて民間・在野の意。



大願成就 たいがんじょうじゅ


大願成就 たいがんじょうじゅ  
大きな願いごとがかない、達成されること。
「大願」は「だいがん」とも読む。
もともとは仏教語で、衆生(しゅじょう)を救おうとする仏の請願の意。
現代では、人々の願い事が、神仏の加護によってうまくかなったときなどに用いる。
 



大器晩成 たいきばんせい


大器晩成 たいきばんせい    
大きな器をつくるには長い時間がかかる。
(転じて)
偉大な人物は、大成するまでに時間がかかると言う意。
偉大な人物は、晩年になって大成するということ。
「大器」は、大鐘や大鼎(おおかなえ)のような大祭器、
「晩成」は、おそくできるの意。
大人物は早くからは頭角を現すことはないと、
世間になかなか認められない人を、慰め励ますときにも用いる。



大悟徹底 たいごてってい


大悟徹底 たいごてってい    
心の迷いを断ち切り、完全に悟りをひらくこと。
物事の本質や真理を悟ること。
執着心や煩悩を断ち切り、吹っ切れた心境になること。
「悟」は欲望や煩悩から脱却すること、
「徹底」は底まで貫き通るの意。
大いに悟りをひらき、その悟りが人間の底まで通じている状態をいう。
「大悟」は「だいご」とも読む。



適材適所 てきざいてきしょ


適材適所 てきざいてきしょ   
人材の活用のこと。
能力のある人を、その能力が十分に発揮できる地位や
職務につけること。
最も適した才能の人を、ふさわしい役職や業務に置く
ということ。
 



適者生存 てきしゃせいぞん


適者生存 てきしゃせいぞん 
自然淘汰すること。
外界の状況や環境に最も適したものが生き残り、
適さないものはしだいに絶滅するという理の事。
イギリスの社会学者スペンサーの造語で、
生物学者ダーウィンが使用した。



天涯孤独 てんがいこどく


天涯孤独 てんがいこどく    
身寄りが一人もいないこと。
また、故郷を離れて一人で暮らすこと。
この広い世間にひとりぼっちであること。
「天涯」は天の果て、故郷を遠く離れた所、はるか遠いところ。
「孤独」は、ひとりぼっちであること、孤児や身寄りのない老人の意。



転禍為福 てんかいふく


転禍為福 てんかいふく     
身にふりかかった災難をうまく活用して、
幸いになるようにすること。
不利な状況や不運な状況を、考え方や気持ちを変えて
幸運な状況に変えること。
「禍(わざわい)を転じて福と為(な)す」とも読む。


屠所之羊 としょのひつじ


屠所之羊 としょのひつじ   
屠所に引かれていく羊のように、力のない歩みのこと。
刻刻と、また、一歩一歩死期が近づくことをいう。
災難や不幸に直面して、気力を失った人をたとえてもいう。
「屠所」は屠殺場の意。
はかない人生や無常の意にもいう。
  



南柯之夢 なんかのゆめ


南柯之夢 なんかのゆめ     
ひとときのはかない夢。人生のむなしさのたとえ。
また、ぬか喜びの意にもつかわれる。
「南柯」は南に伸びた枝の意。

中国の唐の時代、淳于棼(じゅんうふん)が酒に酔って
庭の槐(かい/エンジュ)の木の下で眠ってしまい、
栄華をきわめた夢を見たという故事から。



波瀾万丈 はらんばんじょう


波瀾万丈 はらんばんじょう 
変化が極めて激しい事。
特に人生の浮き沈みの激しさに用いる。
「波」は小波、「瀾」は大波、「万丈」は非常に高いの意。
大小の波が打ち寄せ、その波が時には一万丈の高さまでに
躍り上がるという事から、激しく変化し起伏に富むことをいう。



飛花落葉 ひからくよう


飛花落葉 ひからくよう     
絶えず移り変わるこの世のはかなさ、無常のたとえ。
「飛花」は美しく咲いた花がやがて散るさま、
「落葉」は青青として木の葉も、やがては枯れてしまうの意。



風餐露宿 ふうさんろしゅく


風餐露宿 ふうさんろしゅく   
風にさらされ、露にぬれて野宿すること。
また、旅の苦労、野宿の苦しみのたとえ。
「餐」は食べたり飲んだりすることで、
「風餐」は風の中で食物をとること。
「露宿」は露に濡れながら夜を過ごすの意。
野外の仕事の苦しみのたとえとしても用いる。



風前之灯 ふうぜんのともしび


風前之灯 ふうぜんのともしび  
風に吹かれる灯火は今にも消えてしまいそうで、
非常に心もとないこと。
(転じて)
ものごとが危険にさらされ心もとない状態のこと。
今にも命が失われそうであることのたとえ。
また、人生のはかなさ、はかない寿命のたとえ。


風流韻事 ふりゅういんじ


風流韻事 ふりゅういんじ    
自然を友とするような優雅な遊びを楽しむこと。
風流な趣のある遊びのこと、とくに詩歌や俳句を詠んだりすること。
「風流」は趣向をこらした上品な味わいがあること、
「韻事」は詩歌や書画などの遊びの意。
 


武運長久 ぶうんちょうきゅう


武運長久 ぶうんちょうきゅう  
戦いに勝つ幸運が長く続くこと。
戦士としての命運が長く続くこと。
「武運」は戦いの勝敗の運命、また武士としての運命、
「長久」は長く久しいこと、また長く続くことの意。


福徳円満 ふくとくえんまん


福徳円満 ふくとくえんまん   
幸福で金銭的にも恵まれ、なに不自由ないこと。
「福徳」は幸福と金銭的利益、
「円満」は満ちたりている、なに一つ欠けていないの意。



文人墨客 ぶんじんぼっかく


文人墨客 ぶんじんぼっかく   
詩文や書画などの風雅ないとなみにたずさわる人。
「文人」は詩や文章を書く人、
「墨客」は書画にすぐれた人で「ぼっきゃく」とも読む。
 


本家本元 ほんけほんもと


本家本元 ほんけほんもと    
元祖のこと。正統を伝える家や人。
(転じて)
ある物事を最初に始めた人。
また、ある事柄が初めて生み出された場所。
「本家」とは一族の中心になる家、
「本元」は大もとの意。
同意語を重ねて強調したもの。
ものごとの大もと、中心の意味でも用いる。



無為自然 むいしぜん


無為自然 むいしぜん  
人の手を加えたところがなく、あるがままであること。
「無為」は人の手を加えずに何もしないこと。
「自然」は人間の手が加わっていないもともとの姿の意。
ことさらに知や欲をはたらかせず、
自然に生きることをよしとした「老子」の思想を指す言葉。


滅私奉公 めっしほうこう


滅私奉公 めっしほうこう    
個人の利害を考えずに、公のことに自分の力を尽くすこと。
私利私欲を捨てて、主人や公のために忠誠を尽くすこと。
「滅私」は私を捨て去る、
「奉公」は公に仕えるの意。
戦時中にスローガンとしてよく使われたことば。



盲亀浮木 もうきふぼく


盲亀浮木 もうきふぼく 
出会う事が大変に難しいこと。
大海に住み百年に一度だけ海面にでる盲目のカメが、
海上に浮かんだ流木のたった一つの穴に入ろうとしても、
なかなか出来ないという仏教の寓話から。
出会う事が滅多にないことのたとえ。
また、めったにない幸運に巡り合う場合の意にも使う




優勝劣敗 ゆうしょうれっぱい


優勝劣敗 ゆうしょうれっぱい   
能力のまさっているものや力の強い者が勝ち、
劣っているものや弱い者が負けること。
特に生存競争で、境遇に適した者や強者が生き残って栄え、
不適応者や弱者が滅びること。





悠悠自適 ゆうゆうじてき


悠悠自適 ゆうゆうじてき    
世間のわずらわしさから離れて、のんびりと自分の好きなように
生きていくこと。
俗世からのがれて、心のおもむくままに生活すること。
「悠悠」は「優遊」とも書き、ゆっくりと落ち着いている、
「自適」は自分の心のままに楽しむの意。


老少不定 ろうしょうふじょう


老少不定 ろうしょうふじょう  
老人も若者もいつ命が尽きるかわからず、どちらが先に死ぬか
わからないこと。
人間の寿命はわからないということ。
「老少」は老人と若者、
「不定」は定まらないの意。
老人も若者も先のことはわからず、老人が必ずしも先に死ぬとは
かぎらないという、無常感を表すことば
。  



和光同塵 わこうどうじん


和光同塵 わこうどうじん    
自分の才能を隠し、世間の中で目立たないように暮らしていくこと。
「和光」は才能をやわらげる、
「同塵」は俗世間に合わせるの意。
賢い人が、その才能の光をやわらげ隠し、俗世間の人々に合わせ
同化することの意。
仏教では、仏や菩薩が衆生(しゅじょう)を救うために
本来の威光を隠して、汚れた人間界に姿を変えて現れるという意。
    



哀毀骨立 あいきこつりつ


哀毀骨立 あいきこつりつ
親との死別に嘆き悲しんでやせ衰え、骨と皮ばかりになること。
「哀毀」は悲しみのあまりからだをこわす、また、やせ細ること。
「骨立」は骨だけでからだを支えるほど肉が落ちて、
骨と皮ばかりになること。
父母の死などで非常に悲しむことの形容。




異域之鬼 いいきのき


異域之鬼 いいきのき
異国にいて、祖国に帰れずに死んだ人のこと。また、その魂。
「異域」は異国、外国。
「鬼」は死んだ人の魂で、異国にとどまったままになっているもの。
他国で死んで遺骸(いがい)が祖国に帰らない人をいう。
本来は他国に魂がとどまり、遺骸も祖国に帰れないことを指した。




衣錦之志 いきんのこころざし


衣錦之志 いきんのこころざし
富貴になって錦を着て故郷に帰ろうとする志。
立身出世して故郷に帰ろうとする考え。
錦は非常に高価な衣服であることから、
成功して帰る場合に使う。




一炊之夢 いっすいのゆめ


一炊之夢 いっすいのゆめ 
人の世の栄枯盛衰(えいこせいすい)などは、
はかなくむなしいというたとえ。
「一炊」は、黄梁(こうりょう/あわの事)が炊けるまでの
ほんの僅かの時間。
中国の唐の時代、趙(ちょう)の都 邯鄲(かんたん)にきた
青年盧生(ろせい)は、
仙人から栄華が思いのままになるという枕を借りて眠ったところ、
出世をし栄華をきわめる夢をみたが、ふと目覚めると、
炊きかけの黄梁が、まだ煮えていないほどの短い間であった。
人生は一場の夢のようにはかなく、
栄達や栄華のむなしさを悟ったという故事から。
「邯鄲之夢(かんたんのゆめ)」ともいう。




一擲千金 いってきせんきん


一擲千金 いってきせんきん
一度に非常に多くのお金を、惜しげもなく使うこと。
また、思い切って大胆な事を実行することのたとえ。
「一擲」は、投げうつ。投げ出すこと。
また、さいころを投げて勝負すること。
「千金」は、千両・多額の金銭。
さいころに賭けるところから、大仕事や勝負に運命を賭ける意。
豪快な振る舞いや気前のいいたとえにもいう。



一以貫之 いつもってこれをつらぬく


一以貫之 いつもってこれをつらぬく
一貫した生き方のこと。
ただ一つだけのことを貫き守って生きることをいう。
「論語」で、孔子が弟子たちに「吾が道は、一以(いつも)って
之(これ)を貫く(私の人生の生き方における根本は、
終始一貫して変わるものではなかった。)」と言った故事から。
また、一筋に道を求めるという意。




猗頓之富 いとんのとみ


猗頓之富 いとんのとみ
大金持ち。莫大な財産。巨万の富のこと。
「猗頓」は、人の名前で、中国の春秋時代末の富豪。
春秋時代の猗頓は非常に貧しい男であったが、
富豪の陶朱のもとに行き、教えを受けて牛や羊を飼い、
また製塩業で富を築いた。
人々は、金持ちといえば猗頓の名を挙げるように
なったという故事から。




命長多恥 いのちながければはじおおし


命長多恥 いのちながければはじおおし
長生きすれば、だれでも恥と感じられるような思いがある。
人生は、恥をかかずにいられるものではないことをいう。
どんなに立派に見える人でも、年を重ねれば恥は多いものである。
長寿の謙遜や、人生経験の浅い人が失敗した時の
励ましに使われる。




飲河満腹 いんがまんぷく


飲河満腹 いんがまんぷく
自分の分をわきまえ、安らかに暮らすさま。
何事も身分相応に安んじて満足すべきであるということ。
どぶねずみは、広大な黄河の水をいくら頑張って飲んでも、
飲み干すどころか、腹をいっぱいにする以上は飲めない。
人には、それぞれに定まった分があるのだから、
それに満足しなければいけないというたとえ。




陰徳陽報 いんとくようほう


陰徳陽報 いんとくようほう
めだたない善行は報われるということ。
人知れぬ恩徳をほどこした者は、
目に見えた恩恵を必ず受けるという意。
善行は他人のためや、人に認めてもらうためにするもの
だけではなく、自分が幸せになるために必要なことだから、
人知れず行なうものだということ。




魚遊釜中 ぎょゆうふちゅう


魚遊釜中(魚游釜中) ぎょゆうふちゅう
死が近づいていることのたとえ。
もうすぐ煮られることもしらず釜の中で泳ぐ魚の意で、
滅亡の近いことも知らずに、暢気(のんき)に遊んでいることのたとえ。
また、危険が目前に迫っていることのたとえにもいう。
「遊」は、およぐ、あそぶの意。
「魚(うお)釜中(ふちゅう)に遊ぶが如し」ともいう。




食牛之気 しょくぎゅうのき


食牛之気 しょくぎゅうのき
幼少の時から既に大なる志気があることをいう。
虎の子は生まれ落ちたその時から、
自分より大きい牛を食うような激しい気性を持っている。
(転じて)
大人物は常人とは違い、
幼少の時既にその優れた素質を見ることができるたとえ。
「虎子(こし)地に落ちて牛を食らうの気あり」から出たことば。
「牛を食らうの気」「呑牛の気」ともいう。




盈盈一水 えいえいいっすい


盈盈一水 えいえいいっすい
愛する人に会えない苦しさをいう。
「盈盈」は、水が満ち溢れるさま。
「一水」は、一筋の川。
牽牛(ひこ星)と織女(おり姫)が、
天の川に隔てられて会えないという伝説に基づく、
「盈盈たる一水の間、脈脈として語るを得ず」より。
恋した女性が愛する人と、水の満ち満ちた川に隔てられ、
言葉すら交わせず、見つめ合うことしかできない悲しみを表す。




益者三楽 えきしゃさんごう


益者三楽 えきしゃさんごう
人には有益な三つの楽しみがあるということ。
まず礼儀と音楽を親しみ調和のとれた暮らし、
つぎに人の美点や行いの立派さをたたえ、
そしてすぐれた友人を多くもつことの三つをいう。
「楽」は、好む・愛するの意。
孔子の言葉で、有益な三つの願いのこと。




延命息災 えんみょうそくさい


延命息災 えんみょうそくさい
災いを除き、寿命を延ばすこと。
無事に過ごすこと。
何事もなく長生きすることを願い祈ることば。
「息災」は、災難や病魔を仏の力で退散させること。
また、無事で元気なこと。
「延命」は、長生きすることで、「えんめい」とも読む。
「息災延命(そくさいえんめい)」ともいう。




遠慮近憂 えんりょきんゆう


遠慮近憂 えんりょきんゆう
先のことを見据えた対策を立てず、
深い考えや方針のない暮らしをしていると、必ず身近なところに、
さし迫った心配事が起こるということ。
「遠慮」は遠い将来を見通す思慮をもつこと。
「近憂」は身近に迫った心配事の意。
「遠き慮(おもんぱか)り無ければ、必ず近き憂(うれ)い有り」
という孔子のことばに基づく。
行き当たりばったりの行動は、遅かれ早かれかならず
困ることになるので、慎しみなさいということ。




王侯将相 おうこうしょうしょう


王侯将相 おうこうしょうしょう
身分が高い人。勢力のある人々をいう。
「王侯」は、王と諸侯のこと。
「将相」は、将軍と宰相(大臣)のこと。
本来は、「王侯将相寧(いずく)んぞ種(しゅ)あらんや」で、
王侯や将軍・大臣となるのは、
決まった種(家系や血統)によるのではないということ。
秦(しん)を倒すために立ち上がった農民の首領、
陳勝(ちんしょう)のことば。
どんな人でも各々の才能や努力によって
栄達できる意で用いられる。


回生之業 かいせいのぎょう


回生之業 かいせいのぎょう
医師の神業。医師の仕事を指す。
起死回生のことで、
死にかかった人を再び生きかえらせる業。
(転じて)
倒産寸前の会社や破綻しかかった事業を甦らせること。
「回生」は、甦ること、生き返ること。
「業」は、わざ、なりわい。



華燭之典 かしょくのてん


華燭之典 かしょくのてん
結婚式や婚礼の儀式をいう。
「華燭」は美しく華やかなあかりの意。
(転じて)婚礼の席のともしびのこと。
中国では樺(かば)の灯火を華燭と言い、
途中で消えないので縁起が良いとされた。
華やかな結婚式を祝っていう美称。



華胥之夢 かしょのゆめ


華胥之夢 かしょのゆめ
よい夢のこと。吉夢。
また、昼寝のこと。
中国の最初の天子黄帝(こうてい)が、ある日、
昼寝をしていて見たという夢のこと。
それは華胥という平和な国で理想郷であった。
すべてが自然のままで身分の上下はなく、
ものにとらわれることもない。
超然として愉快な国であった。
黄帝はこの夢を見て心に悟るところがあり、
以来その国にならって自国をよく治めたという故事から。




禍福倚伏 かふくいふく


禍福倚伏 かふくいふく
災いと幸福が表裏一体となって交互に出現することのたとえ。
災いがあるかと思うと、そのかげに福がかくれており、
福がおとずれたと喜んでいると、
そのかげには災いが潜んでいるもの。
「禍福」は災難と幸福。不運と幸運。
「倚伏」は互いに原因が潜んでいる事の意。
幸福と不幸はかわるがわる生じることをいう。




河梁之別 かりょうのわかれ


河梁之別 かりょうのわかれ
親しい人を送るときの別れがたい気持ちのこと。
訣別すること。送別のこと。
もとは人を見送って橋の上で別れる意。
漢の悲劇の名将 李陵(りりょう)と蘇武(そぶ)とが
匈奴(きょうど)で別れるとき、
李陵は詩のなかに「手を携(たずさ)えて河梁に上がる」と
歌った絶唱に基づく。
旅立つ人を見送ること。
また、送別の歌のことを「河梁之吟(かりょうのぎん)」という。




間雲孤鶴 かんうんこかく


間雲孤鶴 かんうんこかく
隠居(いんきょ)者の自由な生活のこと。
世俗にわずらわされることなく、
静かに自適生活をするのんびりとした心境のこと。
「間雲」は、静かに空に浮かぶ雲のこと。
「間」は「閑」と同じ。
「孤鶴」は、群を離れた一羽の鶴のこと。
自然の中で思いのままに悠々と暮らす境地をいう。




環堵蕭然 かんとしょうぜん


環堵蕭然 かんとしょうぜん
家が非常に狭く、みすぼらしいさま。
「環堵」は、家を囲んでいる塀や垣。
(転じて)垣でめぐらした小さな家のこと。
「蕭然」は、ひっそりとした寂しいさま。
ものさびしく荒れ果てたさま。




蓋棺事定 がいかんじてい


蓋棺事定 がいかんじてい
人の真の値打ちは死後に決まるという意。
人間は亡くなって棺のふたをして始めてその人の
業績の価値が定まるということ。
また、生前の評価はいろいろな思惑があって
公平な判断が下せない、だから生前の誉れやそしりは、
あてにならないという意味にも使われる。
「蓋棺」は、棺のふたを閉じることの意。
「棺を蓋(おお)いて事(こと)定(さだ)まる」ともよむ。




亀鶴之寿 きかくのじゅ


亀鶴之寿 きかくのじゅ
長生きのこと。
鶴は千年亀は万年といわれるように、
どちらも長生きするところから、長寿、長命のことをいう。
人の長寿を祝う場合にも使う。




箕山之志 きざんのこころざし


箕山之志 きざんのこころざし
退き隠れることで、自分の節操を守ろうとする心。
高潔な隠遁(いんとん)の志のこと。
堯帝(ぎょうてい/古代中国の伝説上の聖天子)が
天下を譲ろうとしたのを、許由(きょゆう)と巣父(そうほ)の
二人は世俗的な名誉を嫌って拒絶し、
箕山に隠れた故事から出たことば。
許由と巣父はともに、
古代伝説の中に登場する隠者として有名。




吉凶禍福 きっきょうかふく


吉凶禍福 きっきょうかふく
吉事と凶事のこと。
また、めでたいことと縁起の悪いこと。
「吉凶」は、めでたいことと縁起の悪いこと。
「禍福」は、災いとしあわせなこと。
運や縁起が、よいか悪いかということ。
類似した意味の言葉を重ねたもの。




鳩居鵲巣 きゅうきょじゃくそう


鳩居鵲巣 きゅうきょじゃくそう
女性が夫の家を我が家とすること。
家庭をきずくことのたとえ。
鳩は巣をつくるのが下手で、巣作りが上手な
鵲(かささぎ)の巣を借りて卵を産むことから、
(転じて)
女性が自分で家を構えないで、夫の家にいることにいう。
仮り住まい、粗末な家の意にも使われる。
また、他人の成功や地位を横取りすることにもいう。




窮鳥入懐 きゅうちょうにゅうかい


窮鳥入懐 きゅうちょうにゅうかい
「窮鳥 懐(ふところ)に入れば猟師も殺さず」の略で、
追い詰められた鳥が猟師のふところに逃げ込んできたら、
殺そうとしていた猟師も残酷には扱えず、助けてやるということ。
(転じて)
追い詰められて、逃げ場を失った人が救いを求めてくれば、
どのような理由であろうとも、見殺しにはできないということ。
困った人を助けるのが人の道であるというたとえ。




君辱臣死 くんじょくしんし


君辱臣死 くんじょくしんし
君主と臣下の心の結びつきが強いため、
君主が恥をかかされれば、臣下は命を投げ出してでも、
その屈辱をはらさなければならないということ。
主人と部下が一体であること。

中国春秋時代、越(えつ)の氾蟸(はんれい)の言った、
「君(きみ)辱(はずかし)めらるれば臣死(しんし)す」という言葉から。
氾蟸は、越王 勾践(こうせん)を支えた軍師で、
呉王 夫差(ふさ)への復讐をとげさせた功労者。
日本では「忠臣蔵」のようなこと。
臣下は君主と苦楽や生死をともにすべきであるという意。




槿花一日 きんかいちじつ


槿花一日 きんかいちじつ
人の世の栄華は短くはかないことのたとえ。
槿花は、朝きれいに花を咲かせていても、
夕方にはしぼんでしまうことから。
(転じて)
この世の栄華が長続きすることなく、はかなくむなしいことのたとえ。
「槿花」は、むくげの花。
「槿花一日の栄」「槿花一朝(いっちょう)の夢」ともいう。




一以貫之 いつもってこれをつらぬく


一以貫之 いつもってこれをつらぬく
一貫した生き方のこと。
ただ一つだけのことを貫き守って生きることをいう。
「論語」で、孔子が「吾が道は、一以(いつも)って之(これ)を貫く」
と言った故事から。
また、一筋に道を求めるという意味や、
多岐に心が散漫になっては何も得られない、
物事を行う時は一つの事に専念するべきであるという
警句としてもいう。




金玉満堂 きんぎょくまんどう


金玉満堂 きんぎょくまんどう
金や宝玉などの宝物が家に満ちていること。
またそのように、金銭的にとても裕福になることを願うことば。
中国の吉祥句(きっしょうく/祈りを込めた、めでたいお祝いの言葉)で、年賀状に財運上昇を願うことばとしても使われる。
「金玉 堂に満つ」と訓読する。




草葉之陰 くさばのかげ


草葉之陰 くさばのかげ
葬られている草の葉の下という意味で、墓の下。墓所のこと。
また、黄泉(よみ)の国。あの世をいう。
用例で「草葉の陰から見守る」とは、「あの世から見守る」という意味で、「見守る人」が生きてる場合には使えない。
ひそかに応援する気持ちを伝えることばで、「陰ながら見守る」と混同しないように注意が必要である。
「草葉」を「草場」、「陰」を「影」と書き誤らないように注意する。




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