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逆引き 四字熟語 四文字熟語辞典 > 発想 思考に関する四字熟語



奇想天外 きそうてんがい


奇想天外 きそうてんがい  
ふつうでは思いも寄らないような変わった考え。
奇抜なさま。
「奇」は、優れている。
「想」は、着想のこと。
「奇想」は奇抜なアイデアや考え、
「天外」は天の外、思いもよらない所という意。
「奇想、天外より落つ」または「奇想、天外より来たる」の略。


空前絶後 くうぜんぜつご


空前絶後 くうぜんぜつご  
後にも先にも無かった極めてまれなできこと。
いままで例がなく、これからもありそうもないようなこと。
たいへん珍しいこと。
「空前」は、それ以前に例がないこと。
「絶後」は、今後二度と同じ例はみられないという意。
東晋(とうしん)の画家、顧ト之(こがいし)は空前の人であり、
梁(りょう)の画家、張僧繇(ちょうそうよう)は、絶後の人、
そして唐(とう)の呉道元(ごどうげん)は、そのどちらの画家の長所をも
兼ね備えているほどの偉大な画家であったという話による。


空即是色 くうそくぜしき


空即是色 くうそくぜしき    
万物の本性は空であるが、その空なるものがそのまま真の実在でもあるという考え方。
「空」と「色」は本来同一であることを示している。
「空」は実体がなく空しいの意。
「色」は人が知覚できるすべての事物や現象で物質的存在の総称。


空理空論 くうりくうろん


空理空論 くうりくうろん  
実際とかけ離れていて、役に立たない理論や理屈。
「空理」も「空論」も、ともに現実離れしていて
実際の役に立たない理論や主張の意。
理屈は通っているが、事実からかけ離れていて
役に立たない意見にもつかわれる。


荒唐無稽 こうとうむけい


荒唐無稽 こうとうむけい  
言うことや考えに根拠がなく、現実性のないこと。
とりとめのないこと。
でたらめ。
「荒唐」は、「荒」(何も無く広い)と、「唐」(大きい)を重ねて、
大げさで中身がなくとりとめのないこと。
「無稽」は、「稽」(考え)が無い、根拠がない考えのことの意。


言語道断 ごんごどうだん


言語道断 ごんごどうだん  
あまりにひどいので話にならないこと。
とんでもないこと。
言葉で説明する道が絶えたという意。
本来は仏教語で、奥が深く優れた真理を賛嘆(さんたん)するのに用いていたが、
いまでは、相手の言動を非難する場合に使われるようになった。
驚きのあまり言葉も出ないという意にも使われる。



斬新奇抜 ざんしんきばつ


斬新奇抜 ざんしんきばつ
新しさが際立って、思いも及ばないようなこと。
「斬新」は発想が独自で際立って新しいこと、
「奇抜」は思いも寄らぬこと、きわめてすぐれていることの意。




思案投首 しあんなげくび


思案投首 しあんなげくび    
いい考えが浮かばず、困りきって首を傾けているようす。
どうしてよいかわからず、途方に暮れているさま。
「投首」は首を前に投げ出すようにすること。




色即是空 しきそくぜくう


色即是空 しきそくぜくう   
この世の事物・現象はすべて空(むな)しく仮の姿であり、
その本質は空でありつきつめれば実体が無いということ。
仏教語で、「色」は人が知覚できるすべての事物や現象で
物質的存在の総称、「空」は実体がなく空しいの意。
「色とは即(すなわ)ち是(こ)れ空なり」と訓読できる。




十人十色 じゅうにんといろ


十人十色 じゅうにんといろ    
人の好みや考え、性格などは、人によってそれぞれ違うものだ
ということ。
十人いれば一人一人がみな姿も心も違う。
人はめいめい顔かたちが違うように好き嫌い・立場・考え方も
みな違っているということ。
「色」は種類の意。




熟慮断行 じゅくりょだんこう


熟慮断行 じゅくりょだんこう  
十分に考えた上で、思い切って実行すること。
「熟慮」は、よくよく考える事、思いをめぐらせること。
「断行」は、思い切って行なう、おしきってすること。




思慮分別 しりょふんべつ


思慮分別 しりょふんべつ    
注意深く考え、判断すること。
「思慮」は慎重に考えること、理論的に考えること。
「分別」は常識に添って判断するの意。
仏教語で「分別」は物事の道理・是非・善悪などを
よく見分け分析すること。
一般に、人生経験もあり世の中の道理や常識に基づいた
考えの出来る人や、そういう常識がよくわかっている
大人の考えをいう。




深謀遠慮 しんぼうえんりょ


深謀遠慮 しんぼうえんりょ
先先のことまで深く考えて、周到な計画を立てること。
また、そのような計画。
「深謀」は深いはかりごと、
「遠慮」は、控えめにする意ではなく、
遠くおもんぱかる(前もって思いをめぐらす)の意。




千思万考 せんしばんこう


千思万考 せんしばんこう     
あれこれと考えをめぐらすこと。
いろいろと念入りに思いめぐらすこと。
「千…万…」は数が多いの意。
思考すること千万なりの意。



創意工夫 そういくふう


創意工夫 そういくふう      
新しいことやよい方法を考え出すこと。
独創的な考え方や手段を編み出すこと。
「創意」は、新しい思いつき、
「工夫」は、あれこれとよい方法を考えるの意。




大義名分 たいぎめいぶん


大義名分 たいぎめいぶん     
守るべき行動の基準のこと。
だれも文句の付けようのない正当な理由。
また、ある行為の目的として表向きにあげられる理由。
たてまえとしての理由づけにも用いる。
「大儀」は人として守るべき道理、
「名分」は各各の身分によって守るべきけじめの意。




知謀百出 ちぼうひゃくしゅつ


知謀百出 ちぼうひゃくしゅつ   
巧妙なはかりごとや人をだます手口を次々と考え出すこと。
「知謀」は巧妙なはかりごと、
「百出」はたくさん出るの意。




沈思黙考 ちんしもっこう


沈思黙考 ちんしもっこう     
思いふけり、静かに考えこむこと。また、そのさま。
落ち着いてよく考えること。
「沈思」は深く思いに沈むこと、
「黙考」は黙って考えるようすの意。




同床異夢 どうしょういむ


同床異夢 どうしょういむ     
同じ寝床に寝ていても、それぞれ見る夢は違うという意。
(転じて)
同じ仕事や同じ立場にあっても、それぞれ考えや目標は異なること。
同じ物事に取り組みながら別々のことを考え、心が一致しないことの
たとえ。



八紘一宇 はっこういちう


八紘一宇 はっこういちう     
世界を一つの家のように考えること。
「八紘」は四方と四隅で全世界をいい、
「宇」は家の意。
地の果てまでを一つの家のように統一して支配すること。
第二次世界大戦の日本軍のスローガンとして用いられた。




鼻先思案 はなさきしあん


鼻先思案 はなさきしあん     
ものごとを深く考えないこと。
単なる思いつきの極めて浅はかな考え。
また、簡単に事を処理しようとすること。
「鼻先」は鼻のさきっぽ、
「思案」は考えるの意。
頭ではなく鼻の先だけで考えるがもとの意。




不易流行 ふえきりゅうこう


不易流行 ふえきりゅうこう
変化するものも、もとは同じであるということ。
江戸時代の俳諧師(はいかいし)、松尾芭蕉が唱えた俳諧の基本理念の一つで、俳諧は時代によって詠み方が変わるが、その本質は変わらないということ。
「不易」は、いつまでも変わらない伝統や芸術の精神。
「流行」は、時代とともに変わり新しくなるものの意。
俳諧における永遠の本質は、新しさを求めて常に変化する流行の中にこそあるという考え。




無念無想 むねんむそう


無念無想 むねんむそう     
いっさいの妄念を離れた無心のさま。
いっさい何も考えない事。
また、あらゆる雑念をはらい、すべての想念から離れ、
心が透明になり無我の境地に入ること。
「無念」はもとは仏教語で、心に迷いのないこと、
「無想」は何も考えない事の意。
武道の達人の境地を表すのによく用いる。





融通無碍 ゆうずうむげ


融通無碍 ゆうずうむげ  
行動や思想がなにものにもとらわれずに、
自由でのびのびしている事。
「融通」は滞りなく通り抜ける、
「無碍」は「無礙」とも書き、障害がなにもないの意。




良知良能 りょうちりょうのう


良知良能 りょうちりょうのう   
人が生まれながらにもっている知恵と才能。
「良知」は人が生まれつきもっている判断能力、
「良能」は生まれながらにもっている才能の意。
孟子(もうしの)の性善説(せいぜんせつ)にもとづく考え方。




理路整然 りろせいぜん


理路整然 りろせいぜん  
考えや話の筋道がよく通っている事。
物事が道理に正しくあてはまっていること。
「理路」は論理の筋道。
「整然」はきちんと整っているの意。




悪人正機 あくにんしょうき


悪人正機 あくにんしょうき
悪人こそ、仏の真の救いが得られるという考え方。
「悪人」とは、自己の罪を自覚する者のこと。
この世には善人と悪人がいるが、
法律や一般的・常識的な視点によるものではなく、
どんな小さな悪も見逃さない仏の眼から見れば、
すべての人は悪人である。
阿弥陀仏の光明に照らされ真実に目覚させられた時に、
自らがまことの善は一つも出来ない「悪人」であると気付かされる。
阿弥陀仏が救済したい対象は衆生であり、すべての衆生は、
末法濁世を生きる煩悩具足の凡夫たる「悪人」である。
よって「悪人」であると目覚させられた者こそ、
阿弥陀仏の救済の対象であることを知りえるという意。
浄土真宗の教義の中で重要な意味を持つ思想。




意匠惨澹 いしょうさんたん


意匠惨澹 いしょうさんたん
創作の苦しみのこと。
心にいろいろと思いをめぐらし、苦心して工夫を凝らすさま。
「意匠」は、工夫するさま。
「惨澹」は、悩み心が痛むさま。
「澹」は「憺」とも書く。




異端邪説 いたんじゃせつ


異端邪説 いたんじゃせつ
間違った学説やよこしまな思想、正統でない宗教などのこと。
本筋の正しい道からはずれた説や正統でない
学説や宗教などをさしていう。
または、正統の中にあって意義を唱える説や時流に逆らった
学説や思想についていうこともある。
「異端」は、正しい道や一般的な説から外れていること。
また、少数派の主張。
「邪説」は、よこしまな考え、間違った説のこと。




陰陽五行 いんようごぎょう


陰陽五行 いんようごぎょう
中国の春秋戦国時代ごろに起源した世界観。
古代中国では、太陽は陽(よう)で月は陰(いん)、
奇数が陽で偶数が陰、表が陽で裏が陰というふうに、
自然界のあらゆるものを陰と陽にわけた陰陽思想と、
自然界は木(もく)、火(か)、土(ど)、金(ごん)、水(すい)の
五つの要素で成り立っており、
その五つの要素が循環することによって
万物が生成され自然界が構成されているとする五行思想の
二つがが結び付いて生まれた陰陽五行思想のこと。
「陰陽」は、天地間にあって万物を作り出す二つの気の名。
「五行」は、天地間に循環流行してすべての物を生じる
五つの物質で木・火・土・金・水をいう。




奇策縦横 きさくじゅうおう


奇策縦横 きさくじゅうおう
人の意表をついた奇抜で巧妙なはかりごとを、
次から次にひねり出すこと。
また、すぐれた計略を自在に行うこと。
「奇策」は、人が驚くような奇抜な計画のこと。
「縦横」は、自由自在。思いのままに行うこと。




奇策妙計 きさくみょうけい


奇策妙計 きさくみょうけい
普通の人には思いつかないような、
奇抜で優れたはかりごとのこと。
誰もが想像できなかった非凡な策略のこと。
「奇策」は、奇抜な策略・奇計のこと。
「妙計」は、すぐれたはかりごと。
「妙計奇策」ともいい、略して「妙策」ともいう。




机上之論 きじょうのろん


机上之論 きじょうのろん
理屈は通っているが、実際には役に立たない議論や計画のこと。
机上で議論していても、実際には役に立たないということ。
また、考えただけで、現実にはできそうもない計画にもいう。
「机上の空論」ともいう。




虚実皮膜 きょじつひまく


虚実皮膜 きょじつひまく
事実と虚構が、わずかな違いであること。
「虚実」は、うそとまこと、虚構と事実。
「皮膜」は、皮膚と粘膜。
(転じて)区別できないほどの微妙な違いの意。
穂積以貫(ほづみ いかん/これつら)の著
「難波土産(なにわみやげ)」に紹介されている、
近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)が唱えたとされる芸術論。
江戸中期の浄瑠璃作者、近松門左衛門は、
芸術は事実と虚構の微妙な接点にその真実があるとした。
「きょじつひにく」ともいう。




高論卓説 こうろんたくせつ


高論卓説 こうろんたくせつ
普通の人では考え及ばないような、
高い見識の意見や非常に優れた議論のことにいう。
程度の高い論議やすぐれた理論などのこと。
「高」は、程度の非常に高いこと。
「卓」は、他を抜きんでて優れていること。




昨非今是 さくひこんぜ


昨非今是 さくひこんぜ
境遇が大きく変化して考え方もすっかり変わり、
昨日は非としたことが今日は是と思えること。
過去の誤りに気づき、今になって正しいことを悟ったこと。
今までのことを後悔する場合などに使う。
「昨非」は、昨日までは間違っていたこと。
「今是」は、今は正しいこと。
「今の是にして昨の非なりしを覚(さと)る」の略。
「今是昨非(こんぜさくひ)」ともいう。




三段論法 さんだんろんぽう


三段論法 さんだんろんぽう
二つの前提命題から一つの結論を得る推論のこと。
論理学の用語で、大前提(普遍的な法則)と
小前提(眼前の事実)の二つから、共通の概念をなかだちとして、
結論を導き出す推論の方式のこと。




自問自答 じもんじとう


自問自答 じもんじとう
自分自身で疑問を出し、それを自分で解決すること。
自ら問い自ら答えること。
「自問」は、自分が自分の心に問うこと。
また、自ら考えることをいう。




主義主張 しゅぎしゅちょう


主義主張 しゅぎしゅちょう
各人の持つポリシー。
常に守って変えない一定の考えや方針、思想上の立場。
自分が持ち続けている考えや方針とその意見や持論を言い張ること。




先入為主 せんにゅういしゅ


先入為主 せんにゅういしゅ
先入観にとらわれること。
既成概念は破りにくいということ。
最初に学び覚えたことや、
以前からもっている考えや見方が固定観念となり、
頭にこびりついて他の考えを受け入れず、
それが後の自由な思考が出来にくくなること。
先に耳に入った言葉が主たる地位を占めるということ。
「先入主となる (せんにゅうしゅとなる)」と訓読する。




朝不謀夕 ちょうふぼうせき


朝不謀夕 ちょうふぼうせき
朝にその日の夕方のことも考えることができないほど、
事のさし迫っているさま。
目前の事態に、夕方にはどうなっているかわからない状態。
先の事を考えるゆとりがないこと。
また、朝にその日の夕方のことを考えないという意味で、
ただ単に目前の将来の事を考えないことにもいう。
「朝に夕べを謀らず(あしたにゆうべをはからず)」ともいう。




滅多矢鱈 めったやたら


滅多矢鱈 めったやたら
前後の事を考えない無茶苦茶なようすのこと。
「滅多」は、多くの物が無くなる、
「鱈」は、数多く獲れることから、数量が多い意で、
「矢鱈」は、たくさんの矢。
数多くの矢が無くなるほど放つことから、
目星をつけず数を打って当てるという意。
(転じて)
考えもなく手当たり次第に何かをしたり、
また、数量や度合いなどがむやみに多いさまにもいう。
なお、「滅多矢鱈」は当て字とされており、
「やたらめったら」はこの語の転じたことば。




和而不同 わじふどう


和而不同 わじふどう わしてどうぜず
他人と親しくしても、自己の見識に基づいて
相手におもねり従うようなことはしないという孔子のことばによる。
「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」から。
君子は人と協調するが、
自分の立場を忘れて人にこびへつらったりはしない、
器量の小さい人間は、すぐ他人に同調するが、
心から打ち解ける事は無いということ。
「和」は、自分の考えをもって協調すること、
「同」は、自分の考えが無いままに、周りと協調すること。




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